違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

連ドラ『ひよっこ』の”恋のうた”

最近気になる曲がある、NHKの連ドラ「ひよっこ」でいつのころからか挿入される曲で、歌の声は太田裕美に聞こえる、曲調は70年台を感じさせる、太田裕美だとすると”木綿のハンカチーフ”の頃の曲だろうが、聞き覚えがあるような気もするが、嗚呼あの曲だとは感じられない。

 

”ひよっこ、太田裕美”で検索すると、

 

太田裕美、『ひよっこ』で“恋のうた”歌う 終盤の見どころはズバリ「恋」

歌手の太田裕美が、NHKで放送中の連続テレビ小説『ひよっこ』(月~土 前8:00 総合ほか)に劇中歌で参加することが24日、発表された。タイトルは「恋のうた」。サビの部分だけで「好き」というワードが、14回も出てくる甘い甘い恋の歌を、太田が昭和のラブソングムード満点に歌い上げる。

 

やっぱり太田裕美だったんだとわかったが、「ひよっこ」のために作られたようだ。

 

YOUTUBEで”ひよっこ、恋のうた”で検索すると、本物の曲は出ないが、様々な動画が出て来る。

 

とても、そっくりな弾き語りがある。

 

www.youtube.com

 

 

また、『「恋のうた」弾いてみたらあの曲と同じ!』というタイトルのギター演奏の動画があった。

 

朝ドラ「ひよっこ」挿入曲Ⅳ「恋のうた」~弾いてみたらあの曲と同じ!

www.youtube.com

 

 

動画を見ると下記のように出る、あの曲と同じという意味は、元曲を示唆する意味ではなかったが、なんとなく元曲があるような気がしてきた。

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弾き語り動画のコメントに、シャンソンを感じるとあったり、具体的にフランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」だと書いてあったりする。

 

「さよならを教えて」は、1968年のヒット曲で、日本でのリリースは1973年。

 

1960年代にイエイエスタイルで登場して以来、世界の女性アーティストに大きな影響を与えてきた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/フランソワーズ・アルディ

 

 

この曲は、長い年月を経た現在でも人気があり、まとめサイトでも取り上げられている。

 

名曲『さよならを教えて』の意外なエピソードと、カヴァー曲まとめ 【萌えたらRT】

 

このサイトによると、フランソワーズ・アルディの「さよならを教えて」もカバー曲で更に元曲があるとのこと。

 

『さよならを教えて』は Jack Gold 作曲  Arnold Goland作詞の作品でヴェラ・リン(Vera Lynn)が1954年に歌った It Hurts To Say Goodbye のカバーです。

 

 

1917年生まれのヴェラ・リンは、現在100歳。

 

 

いい歌は、少しずつ変化しながら歌い継がれる様子が感じられる。

 

 

オッサンだが、こういう可愛らしい曲が好きで、この曲には、多くのアーティストにカバーされ続ける「まちぶせ」や「夢で逢えたら」に共通する雰囲気を感じる。

 

 

 

 

女心を歌った可愛らしい曲は、甘い雰囲気を醸し出すが、その裏には怨念が潜んでいることを忘れてはいけない。

(追記あり)調べたらわかった、テスラのここが凄い

中国がガソリン車禁止へ 英仏に追随、時期検討
最大市場、EVシフト
日本経済新聞 電子版 2017/9/12

 

先日上記のニュースが出て以降、気になっていることが2点ある。

 

  1. 背景にある本当の、政治的、環境的、その他の事情
  2. EVが内燃機関に取って代わるだけの実力を持つために必要なこと

 

車よりもオートバイが好きで、しかも改造が好きだった。

 

改造することを楽しめたのは、オートバイの世界へのデジタルの導入が遅かったからとも言える。

 

つまり、電気的なことは配線図などが手に入れば簡単に手を出せるものだったのだ。

 

それ以外は、機械的なことだから、丁寧に作業すれば大抵はどうにかなった。

 

しかし、車はひと足早くデジタル制御が導入され、ブラックボックス化していき、何が出来るのか、やって良いのかダメなのかもわかりづらくなっていった。

 

こうして、車やオートバイは機械製品から、電気(電子)製品に変化していった。

 

そして、ガソリン車禁止でEVシフトすることで、車はモジュール製品へ移っていくことになった。

 

 

 

EV普及で「自動車メーカーは10年後に消滅する」の現実味  佃 義夫:佃モビリティ総研代表

クルマの心臓部分であるプラットフォームはモジュール化され、米アップルのように生産設備を持たず、自らは商品の企画・設計に特化し、製造を委託するビジネスモデルがEV転換によって自動車産業にも波及していくということである。 そうなると、将来的には、自動車メーカーは消えて、組み立て・製造工場になるという見方だ。

 

自動車産業の参入障壁の高さは、エンジン製造のハードルの高さがもたらしたものだったが、ガソリン車禁止になりEV化の促進で自動車業界は大荒れになるし、自動運転に関して少しトーンダウンしたように見えるアップルやグーグルがまた盛り返すこともあり得る。

 

これまでイノベーションの舞台はアメリカだったが、EVに関しては中国が舞台になりそうだ。

 

 

いやが応でもEV時代!? 体験的「電気自動車論」

英仏が2040年からガソリン車とディーゼル車の販売を禁止すると表明した衝撃ニュースを皮切りに、ボルボが2019年以降の新車をすべて電動化すると発表。ほか、VWグループが2025年までに50車種をEVなど電動化、ベンツも2020年代前半までに10車種以上を電動化、BMWも11車種を予定するなど、EV一直線、驚愕の計画ばかりだ。

 

中国は来年中に日本得意のハイブリッド車をエコカーとして認めない政策を開始する、それに、中国はすでに世界一のEV生産国である。石油は工業用としては温存し、EV用の電力は石炭発電で確保するという国策だ。

 

 

 

世界をあげたEV化の動きで思い出すのは、日本の燃料電池車(FCV)のこと。3年前の今ごろは「FCVこそ本道」報道一辺倒で、EVはすっかり忘れられた存在であった。しかし、トヨタのMIRAIは3年かけてまだ1370台、後発のホンダは160台が走っているにすぎない。水素ステーションも全国で91カ所。政府のEVとFCVの二股政策は欲張りすぎと、思えてならない。10年後に期待だ。

 

 

世界に誇る自動車産業ですら振る舞い方を間違うとガラパゴス化しそうな気配が漂い始めている。

 

純粋なEVに関して日本は結構頑張ってるのだが、評価が中途半端だ。

 

中途半端な理由は、実用面で”帯に短し襷に長し”が見える、補助金等で買い易さは合格点が付くが、買った後はまだ”人柱”状態だからだ。

 

 

電気自動車のメーカー別一覧  2017年7月20日

JC08基準はあてになりません。この記事の一番下に比較表を入れていますが、私の経験から、米国のEPA(環境保護庁)が認定している数字は比較的現実に即しており、高速道路と一般道路の組み合わせで夏なら達成可能な数字だと思われますので、本記事ではEPA基準を使用します。

 

JC08とは国土交通省令に基づく日本の国内基準

 

上記サイトに記載されてる比較表にはガソリンエンジン併用のPHEVも含まれているが、実用に耐える純粋なEVだけを見ると、まだごく一部の車種しかない。

 

メーカーで言うと、BMW、テスラ、ホンダ、三菱、日産しかない。

 

実用に耐えると言っても問題点はある、問題はバッテリーに集中し、航続距離や充電時間や充電場所という課題に繋がる。

 

そんな中で、一人気を吐くのがテスラだ。

 

テスラだけが評価が高いのがずっと不思議だった。

 

最初は、オーナーの価値観の違いかとも考えた、金持ちだから複数のそれなりの車を所有してるので、1台の車に振り回されることはないのかなとも考えた。

 

アラブの金持ちは、ガス欠になったらヘリで迎えに来させ、車(ベンツのSクラスだったり)を平気で道路に捨てていくらしい、そんな捨てられた車を回収して売ってる連中が日本にいることも知っている、テスラに乗る人は、そんなアラブの金持ちに通じる人かなと思っていたが、いろいろ調べてみると今テスラに乗ってる人は普通の人達でテスラしか所有してない人も大勢いることが分かる。

 

評価の良さは何だろうか、日本製のEVとの違いはどこにあるのかと考えたが、バッテリーの容量が大きいからとしか思いが至らなかった。

 

そしてひょんなことから決定的な違いがあることがわかった。

 

 

テスラ・モデルSのバッテリーは驚異的に劣化しない ー 世界の286人の長期データから

しかしご安心ください。テスラ(モデルS)のバッテリーは、驚異的に劣化しないことが、このほど世界各地の286人のオーナーのデータから実証されました。

 

縦軸は、もともとの容量を100%としたときの、満充電時の容量です。横軸は走行距離(積算距離)です。赤線が中央値(トレンドライン)ですが、ご覧になって分かる通り、16万キロ(!)走っても95%を保っています。

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実はテスラのバッテリーには大きな大きな特長があります。それは、「いつも温度管理をしている」ということです。バッテリーは、オーバーヒートやオーバークールの状態だと、劣化が早くなります。ノートPCや携帯は、そういった管理をしていませんが、テスラのバッテリーは、液体で冷却・加温しているので、長持ちするのです。

 

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温度管理が要ならば、日本製EVもそれを取り入れれば良いだけだし、そういう作業は日本人向きな気もするが、その気配を感じない。

 

秘密の1つは、電池のセルの数にあるらしい。

 

上記の図には、セルの数が18650とある。

 

テスラの強みは、この膨大な数のセルを管理し、制御することで、電池の有効な温度管理ができることにあるようだ。

 

 

テスラevのバッテリーが高寿命である理由

テスラEVは性能を最大限に引き出すマルチセルの管理システムで高航続距離EVを実現した。その人気はマルチセルの最適化(特に温度管理)によるバッテリー高寿命化によるところも大きい。現在までに公表されているテスラEVのバッテリー劣化データはユーザーコミュニテイのもので透明性は高いものの、サンプリングにバイアスが無いとは言い切れない。

 

 

 

ちなみに日産リーフの新型Liイオンバッテリーは高々48セルであり、数1,000セルとなるとテスラ社以外は未経験ゾーンである。

 

 

自動車産業は、モジュール製品を製造するソフトウェア産業になりそうだが、テスラの創業者イーロン・マスクは、こう語っている。

 

「わたしはテスラが自動車メーカーだとは思っていない。世界に自動車メーカーはたくさんあるが、欠けているのは持続可能(サステナブル)なエネルギーの企業である。そうした存在になることが、テスラが達成すべきことだ」

 

テスラの凄さはどこにあるのかと考え書き始めたが、凄いのはイーロン・マスクだった。

 

追記

 

これを書いていて、1つ解せないことを感じていた。

 

テスラの電池は、テスラとパナソニックが共同で製造してるのだから、パナソニックは何らかのノウハウを身に付け、それを活かせるはずなのに、それを伺わせる情報が出てこない、これが不思議だった。

 

テスラとの契約でなにか縛りがあるのかなとも思うがよくわからない。

 

しかし、この記事を見て(正確にはこの記事に対するコメント)、パナソニックにはリチウムイオン電池のノウハウが無いのではないかと感じた。

 

パナソニック、EV用電池「大バクチ」の勝算 1500億円投資でテスラと"一蓮托生"に

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パナの現場は三洋買収以来、パナ社員は数名で元三洋社員、請負、派遣、別会社の人間が大半で生産していて作業着も一緒にして誰がどこの社員なのかわからないようにしている。実際テスラにも別会社の人間を送りこんでいるが訴訟大国のアメリカで問題はおこらないのだろうか。。行き当たりばったり感はずっとあり継続性の信頼はないから、いくら頑張っても先は見えず常に転落の際にいると考えざる負えない。

 

2017/1/15 02:09

 

 

たぶん、パナソニックはテスラのどこが凄いのかよく分かってない!

ハゲとムダ毛

先日、自宅でまったりしてる時に、とあるチラシに目が行った。

 

それは、近所の住宅街にある美容院のチラシだったが、そこに謳われていた内容は脱毛の勧誘であり、しかも、小学生コース、中学生コース、高校生コースと記され、割引価格として5万〜6万円の価格が記されていた。

 

見た時は、「ふ〜ん」程度の印象だったが、しばらくしてあのチラシに書いてあったことは凄いことなんじゃないかなと思い始めた。

 

この各コースを希望するのは、本人なのだろうか、それとも親なのだろうか、親の場合、両親とも意見は一致してるのか、などと考え始めたら妄想の世界に入り始めた。

 

男がヒゲを剃るのは、身だしなみと解される。

 

ホテルで働く人が厳しくヒゲをチェックされると言う話は、元ホテルマンであった森村誠一の小説で読んだことがある、ヒゲの濃い人は勤務体制によっては、1日に2度も3度も剃らなければならないらしい。

 

こんな時、ヒゲなんか無ければ良いのにと思うのは当然だろう。

 

しかし、今はこれを露骨に要求したら差別ということで別の問題になるのだろう。

 

だとすれば、ホテル側は入社の面接の段階で、ヒゲの濃い人は採用しないかもしれない。

 

もちろんこの基準はあったとしても、表沙汰になることはないだろう。

 

 

自転車競技の世界では、すね毛をきれいに剃るのがマナー(もはやルールとも言える)とされている。

 

落車して脚を怪我した場合、すね毛が治療の妨げになるからだ。

 

自転車競技者は、すね毛なんて無ければ良いのにとレースに出るたびに思っているだろう。

 

人間の体に無駄なものはないと言われるが、では毛の役割りは何だろうか?

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/毛_(動物)

人体の毛

身体の保護の為に生えるという説があるが、本来保護の必要な幼少期より第二次性徴期からの青年期への移行期にかけて生え始める体毛(脇毛や髭、陰毛など)もあるため現在では必ずしも正しくないとされている。また体毛の多寡などは生死に関わる分野でもなく、専攻する医師も多くないため、現代医学においても研究が進みにくく未だ判明していないことの多い分野である。

 

 

昔はともかく今は、特に必要なものでは無さそうにも感じられる。

 

ちなみに、Wikipediaにはこうも書いてある。

 

体表を覆う体毛を持つ動物のうち、皮膚の角質層に由来するものを持つのは哺乳類のみである。

wikipedia/哺乳類

 

 

哺乳類は、獣と言われるが、獣(ケモノ)は毛物がその由来とされる。

 

人間の場合、頭髪は女性ホルモンが影響し、体毛は男性ホルモンが影響すると言われる。

 

しかし人間以外の哺乳類では、頭髪と体毛は区別されないように感じる。

 

人間の体毛は、現代ではなにかの役割りを担っているようには感じられないが、それでは頭髪はどうなのであろうか?

 

今や頭髪はオシャレのために存在し、役割りを果たすものとは思われてないかもしれない、だからハゲはオシャレじゃないと位置づけられるのかもしれない。

 

しかし現在、市川海老蔵に代表される「おしゃれ坊主」というジャンルが確立したので、ハゲはいっそのこと坊主にするという活路が開けた。

 

ハゲの私は、坊主にしてからもう10年近くになる。

 

あまり役割りを感じないように思える頭髪だが、坊主にするとそしてスキンヘッドにするとより一層感じるのが、頭は皮膚呼吸してるということ。

 

冬の寒さは半端ないし、夏の日差しも痛くて熱い、髪は頭を確実に守っていたことに気付く。

 

私の頭髪は、もともと硬くて、太くて、量が多くて、くせっ毛であった。

 

いつももう少し少ないくらいが丁度良いと思っていたが、自他共に禿げてきてると認めざるを得なくなったのが27歳くらいだった。

 

ハゲる人がよく言う言葉に、ある日から抜け毛がひどくなるというのがあるが、特にそういう時期があった気がしない。

 

心当たりの1つはオートバイに乗るのが大好きだったのでヘルメットを被ってたことだが決定的な理由ではない気がする。

 

ではいつ頃から進行したのだろうかと考えると、あるシーンが思い出される。

 

付き合ってる彼女とまったりと過ごしてる時に、私の頭を抱きしめ、頭を掻き分けたことがある、「そんなにオレが愛おしいのか、よしよし」という気持ちだったが、あれはわたしの頭皮に進行中のハゲの気配に気付いた最初の瞬間だったのかもしれない。

 

きっと、「こいつ、ヤベえな」と気付かれた瞬間だったのだろう。

 

 

この時、ヤバイことを教えてくれてたらきっと違った人生になったかもしれない。

 

24歳の頃の話。

 

 

 

 

美容院の脱毛のチラシのことを考えていたら、思い出した昔話だ。

現代社会の問題点は、『幾何の問題に見せかけた関数の問題』のような人間関係の問題

「現代社会の問題点」というキーワードで、1年以内という期間指定で検索すると、

 

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と出てきた。

 

内容を見るとほとんどが、現代社会の問題点として「貧困」「格差」「低賃金」が関係してると出て来る。

 

なるほど確かに、表面的にはそう見える。

 

 

 

 

先天的な要素を除けば、痛風や糖尿病は贅沢病と言われていた(過去形)。

 

金持ちが贅沢な食事をするから罹る病気だと思われていた時代には、多くの人にとっては栄養不足や低カロリーの方が問題だった。

 

翻って現代では、安く売られる高カロリー食が多いので、贅沢病と言われたものが、庶民の病気になってきた。

 

安いものは体に悪く、体に良いものはそれなりの対価が必要に見えるので、貧困問題や格差問題のようにも見えるが、実はグローバル化が招いた大量生産大量販売の弊害とも言える。

 

我々が直面してる問題は、表面的に捉えられてることと別のところに原因があるのかもしれない。

 

 

 

今の日本で起きてる問題の1つに少子化がある。

 

先進国に共通した課題だと言われてるので、あまり深く考えないが、その背後で日本だけに起きている現象がある、そもそもセックスをしないのだ。

 

決して性欲が無いわけではないことは、風俗やAVの世界が華やかな賑わいを見せてる様子から伺える。

 

 

海外から見た日本|なぜ日本人はセックスしないのか?理由5つ

これが、海外から見た「日本人がセックスしない理由」のようである。確かに、人間関係は面倒なことのほうが多いが、恋愛しない人の考え方はあまりに無機質で、冷たい印象を受けるのは筆者だけだろうか。

 

しかし、特筆すべきは、海外メディアでは「セックスしない日本人」を奇異としながらも、否定はしていないという点である。女性向け情報サイトの『The Frisky』では、日本の若者の傾向をこのように評価している。

 

 

日本人には、自己分析が難しいかもしれないが、海外の人には、”いろいろな理屈を付けて人間関係の煩わしさから逃げる日本人”と映るようだ。

 

そんな少子化が人口減少を招くようになった日本では、不思議な事に世帯数は増えてるらしい。

 

高度経済成長が、都市への人口集中を加速させ、核家族化や単身世帯の増加が招いた世帯数の増加は、エネルギッシュで勢いを感じさせたが、現在の世帯数の増加という話は枯れ葉が落ちてバラバラになってる寂しいイメージになる。

 

 

「人口減少傾向でも、世帯数は増加」がビジネスの鍵となる
2017.9.18

実は、日本は人口減少をしているものの、世帯数は増えています。厚生労働省の「国民生活基礎調査の概況」(2016年版)によると、2016年(平成28年)6月2日現在、世帯総数(熊本県を除く)は4994万5000世帯です。

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かつてアメリカで大規模なウーマンリブという社会運動があった。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/ウーマン・リブ

ウーマン・リブ(英語: Women's Liberation)とは、1960年代後半にアメリカ合衆国で起こり、その後世界的に広がった女性解放運動のことをいう。フェミニズム及びジェンダーの原点ともいわれ、19世紀後半から20世紀前半にかけて起こった女性の参政権運動を第一波フェミニズム、ウーマン・リブを第二波フェミニズムと呼ぶこともある。

 

 

日本では、「人間関係・リブ」が起きてるように見える。

 

こうなった理由は分かる気がする。

 

生きていくために煩わしい人間関係を許容しなければいけなかったムラ社会の構造は、その恩恵を受けてた人達にもストレスを与えただろうが、都市への人口流入と核家族化で弱まった。

 

そして、抑圧されたり、抑圧したり、あるいは束縛したり、されたりの人間関係のしがらみから開放し始めた。

 

 

こうして、日本人は新たな人間関係を作り上げる段階に入ったような気がするが、ムラ社会はまだ、日本の中枢部に残っている。

 

 

 

日本独自の閉塞感は、政治経済の中枢が旧来のムラ社会の人間関係で構成されてることに起因してるかもしれない。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/村社会

また、以下のような問題点があり、外部とのトラブルの原因となっている。

 

  • 所属する「村」の掟や価値観・しきたりが絶対であり、少数派や多様性の存在自体を認めない。

 

  • "掟"に関与しない世間一般のルールやマナーは守らず、他者にも強要。無法状態と化している。

 

  • 出る杭は打たれる。長い物には巻かれ、流れには棹を差すべし。寄らば大樹の陰。義理と人情。横並び。

 

  • 排他主義に基く仲間意識が存在する。

 

  • 自分逹が理解できない『他所者』の存在を許さない。

 

  • 同郷者に対しては「自分達と同じで当たり前」という意識を抱いており、自我の存在を認めない。

 

  • 傍目には異端者に寛容だが、相手を理解しているのではなく理解できるものに「改造」しようとしていたり、特例で見逃されているだけであったりする。

 

  • 白か黒か、善か悪かといった二極論を好み、中立や曖昧な考えを嫌う。これが「異端者は自分たちを見下している/敵意を抱いている/自分より劣る存在である」といった思い込みを生み、一度こじれた場合の収拾がつかなくなってしまうことが多い。

 

  • 弱いと規定したものに対しては、陰湿且つ徹底的に圧迫を加える。

 

  • 構成員は陰口を好む。

 

  • 有形物のみならず時間や空間に対する共有意識も強く、プライベートやプライバシーといった概念が無い。

 

  • 事なかれ主義が多い。

 

  • 噂話に対しては、真実かどうかを追求するより、噂を既成事実にしようとする。

 

  • インテリが少数であることと年長者の影響力により、「神頼み」のような非常識がまかり通る。

 

 

 

日本で語られるリーダーシップは未だ、利益配分の取りまとめを上手にやることが求められるだけで、多くの人にとって良いことをすることではなさそうだ。

 

こうやって見ていくと、現代社会の問題点は、古臭いムラ社会に起因してるように感じられる。

 

 

フジテレビ「2夜連続ガリレオスペシャル」 ~容疑者Xの献身

「幾何と見せかけて実は関数のような引っ掛け問題であり少し見方を変えれば解ける問題なんです」

 

 

幾何の問題と見せかけて、関数の問題、つまり思い込みの盲点を突く。

 

それに気づいた時、湯川(福山雅治)は、石神(堤真一)が毎日見ているホームレスのことを思い出したという。

 

「彼らは時計のように正確に生きている。しかし、あの時の君の言葉を僕は取り違えていたようだ。君が言いたかったのは、ホームレスの彼らさえ、時計の歯車となる役割を背負ってる。違うか?」

 

「ずいぶん遠まわしな言い方をするんだな。君らしくない」

 

「もうおしまいだ。石神。」

 

「本当は最後まで証明できてないんじゃないか?はっきりと君の推理を言ったらどうだ。・・・なぜ言わない?」

 

「君が友達だからだよ」と湯川。

 

「僕には友達はいないよ」

 

 

二人は吹雪の中歩き続ける。

 

 

日本で起きる固有の問題やガラパゴス問題は、幾何の問題のように見えて、実は関数の問題のような、人間関係の問題なのかもしれない。

 

知らないうちに契約してる

『特殊』という言葉がある。

 

デジタル大辞泉の解説
とく‐しゅ【特殊】

[名・形動]

1 性質・内容などが、他と著しく異なること。また、そのさま。特異。「特殊な細菌」「特殊な事件」

 

2 機能・用途・目的などが限られること。専門・専用であること。また、そのさま。特別。「特殊な技能」「特殊な装置」

 

3 限られた範囲のものにしかあてはまらないこと。また、そのさま。「特殊な原理」⇔普遍。

 

4 論理学で、個別を下位に、普遍を上位にもつ概念。例えば、「ソクラテス」(個別)と「人類」(普遍)に対する「ギリシャ人」。

 

 

 

私を含め多くの人は、上記の1.2.3.の意味で『特殊』を使っているだろう。

 

日常的には『特別』という言葉と同じ意味で解釈してるが、しゃべり言葉で使うことは少ない気がする。

 

『特殊』という言葉を特殊たらしめてるのは上記の4.の使い方に由来するだろう。

 

つまり、普遍ではない且つ普遍の下位を意味する。

 

このような使い方は、法律的に使われたりする。

 

特殊学校

特殊学校(とくしゅがっこう)は、重篤な学習障害や、身体障害、行動障害などの問題を抱え、特殊養育の必要をもった生徒たちを対象とする学校。特殊学校は、何らかの追加的な対処が必要となる児童に適切な特殊教育を提供するという特定の目的に沿って設計され、スタッフを揃えている。特殊学校で学んでいる生徒たちは、通常は一般の学校での授業には出席しない。

 

特殊容器制度 :経済産業省

計量法に基づく特殊容器とは、体積を計量する代わりに、ある高さまで液体商品を満たした場合、正しい量が確保されるように製造された、透明又は半透明の容器(例えば、ビールびん、醤油びん、牛乳びんなど)のことです。俗に「まるしょうびん」と呼ばれます。

 

 

会社名に特殊が入っている企業も多いが、会社設立当時に普遍的ではない技術を売りにしてる場合に入れる傾向が見える。

 

 

またニュースなどで耳にすることがある合計特殊出生率と言う言葉がある。

 

合計特殊出生率について :厚生労働省

合計特殊出生率は「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」で、次の2つの種類があり、一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する。

 

A 「期間」合計特殊出生率ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。

 

B 「コーホート」合計特殊出生率ある世代の出生状況に着目したもので、同一世代生まれ(コーホート)の女性の各年齢(15~49歳)の出生率を過去から積み上げたもの。「その世代の出生率」である。

 

 

実際に「一人の女性が一生の間に生む子どもの数」はBのコーホート合計特殊出生率であるが、この値はその世代が50歳に到達するまで得られないため、それに相当するものとしてAの期間合計特殊出生率が一般に用いられている。 なお、各年齢別の出生率が世代(コーホート)によらず同じであれば、この二つの「合計特殊出生率」は同じ値になる。

 

ただし、晩婚化・晩産化が進行している状況等、各世代の結婚や出産の行動に違いがあり、各年齢の出生率が世代により異なる場合には、別々の世代の年齢別出生率の合計であるAの期間合計特殊出生率は、同一世代のBのコーホート合計特殊出生率の値と異なることに注意が必要である。

 

 

日本人がめんどくさい人種だということが分かるし、めんどくさいことを『特殊』と呼ぶ傾向があるように感じる。

 

映画「マルサの女」で用いられ広まった言葉に、『特殊関係人』というのがある。

 

いわゆる愛人を意味する言葉だが、税務調査の際に調査官が用いる専門用語であり業界用語である。

 

「マルサの女」放映以前には、全く知られていない『特殊関係人』という言葉が映画で用いられたことは、税務調査をコミカル&シニカルに描いたこの映画に税務当局が協力的であったことの証だ。

 

伊丹本人は、本作制作の動機について、『お葬式』などのヒットによる収益を「税金でごっそり持って行かれ、税金や脱税について興味が湧いたため」と語っている。当初制作側は内容が内容だけに、国税庁の協力は期待していなかったが、実際は「どうせ作るなと言っても作ってしまうだろうから、それなら納税者に誤解を与えない様、正確な内容にして欲しい」と取材に協力的であったという。実際、査察部のガサ入れシーンでは、マルサOBが監修に協力している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/マルサの女

 

 

 

 

『特殊』という言葉は、めんどくさいだけでなく、後ろ暗いことを示す場合やズバリを示さず曖昧に表現する場合にも用いられるようだ。

 

法治国家では、当事者にそのつもりがなくても、全ての行為や関係は、契約に基づくと考える。

 

店で買物をするのも、売手と買い手の契約であるし、価格交渉も契約の一環だと考えられている。

 

何気なく始まる友達関係ですら、もはや契約関係なのかもしれない。

 

何気なくスタートした人間関係が契約だったことに気付くのは、関係がこじれた時だ。

 

何気なく始まった関係でも、こじらせると終わらせるのは、何気なくとは行かない。

 

 

人の悪口を聞かされ続けて病気になった話

いつも悪口を言っている人は自分に自信がない、人と比べたがる、仲間をつくりたいなどという特徴や心理があるようです。そういう人とまじめに付き合って悪口を聞かされ続けているとこっちが病気になってしまいます。

 

それからはもう無理にAさんと付き合うことをやめ、そっけない対応をしているとAさんからの連絡はこなくなりました。Aさんとの関係をたつと体調もすっかり良くなり、のちに妊娠することもできました。

 

 

このブログを書いてる今、台風18号は宮崎県を通過中、台風の被害を受ける人にとっては特殊な出来事となるのだろうが、現代に生きるということは、知らないうちに台風とも契約してるのかもしれない。

 

「ツキが回ってきた」と喜んだり、「ツケが回ってきた」と嘆いたりするのが人生だが、そんな契約いつどこでしたのだろうかと思いながら皆生きている。

大事なのは『味』!

事あるごとに、自然と”中身で勝負”と強く思うことがある。

 

しゃべり言葉として使うことが多そうに感じる”中身”という言葉だが、その意味するところは曖昧なまま使うことが多い。

 

表面的な字面を追っかけるのではなく、行間を読み、深くに隠れたものを読み解き、時には裏側を読むようなことを意味したり、面接や懇親の場で体裁の良いプロフィールに対抗する、簡単には伝わらない良さを意味してるつもりで使う。

 

そう身構えるのは、暗黙のうちに、体裁の良いものに負けるかもしれないと思うからだ。

 

こんな風に感じ始めた最初のキッカケは、選挙ポスターだ。

 

いつの頃からか、テレビで見ると人相の悪いオッサン候補者が、さわやかな笑顔でポスターに写るようになってきた、肌の色艶まで変えて。

 

ムラムラした時に男性がイクお店と選挙ポスターの意外な共通点って?「写真と違う!」

きみ、写真と違くない!?そんな選挙ポスターに対し、有権者の47.3%が「あること」を感じているそうです。それは、政治家は選挙ポスターの顔写真を修正しすぎているのではないかということ。実際に修正が施されているかは別にして、修正されているように感じている人が約半分もいることは有権者の声として看過できないかもしれません。

 

最初は、オッサンのくせに外見を気にするなんてと笑い話に思っていたが、20年位前に当時吉本興業で常務をしていた木村政雄さんの話を聞く機会がありその中で、「現代人はテレビの影響を受けて、情報を処理するようになっている」と言っていたのを聞いて目からウロコの心境になった。

 

テレビの影響とは、そこで伝えられてる内容は二の次で、映像としてどうだったかという印象だけが残るということだった。

 

報道番組の場合、ニュースの内容よりも、キャスターの顔や服装の方が印象に残りやすいという話だった。

 

だから、テレビの世界で活躍するためには、”かっこいい”、”きれい”、”かわいい”、”ブサイク”が重要らしい。

 

現代のテレビは、誰が出るかで、結果がある程度決まるという流れができあがったのだ。

 

そんなテレビというビジネスモデルは、衰退してると言われてるがまだ大きな影響力を持っているので、その構造を知ることは意味がある。

 

 

日本のドラマがこの10年で急速につまらなくなった、本当の理由

一部を除いて日本のテレビドラマは日本国内での視聴率獲得、ひいてはスポンサーからの資金獲得しか念頭になく、二次利用といっても再放送、あるいはDVD販売しか考えていない。そのため、内向きになりがちであるという。「まず広告代理店がスポンサー企業から金を集めてくる。そこから広告代理店とテレビ局の取り分を抜いた残りが製作費となる。芸能プロダクションの仕事は、その制作費をいかに『むしり取る』か、ということになっている」「むしり取る」とはつまり、自社所属の俳優を1人でも多く起用させることである。

 

 

 

「一番の問題は、キャスティングの主導権がテレビ局でなく、大手のプロダクションにあること。芝居が出来るか、出来ないかなんかどうでもいい。このタレントでこういうストーリーで行きたい。いわゆるプロダクションによる『行政』で決まっていく。BSのドラマが顕著なんだけれど、一部の大手プロダクションの息の掛かった俳優ばかりキャスティングされている」

 

 

大手芸能事務所に支配された「平成テレビドラマ全史」

テレビドラマの場合はとくに、作品を監督や脚本家のものにしたくない、テレビ局のものにしたいから、わざと各話で違った監督、脚本家を使う。昔は石原プロダクション、勝プロダクションといった制作会社がドラマの権利を持っていた。今は、制作会社は単なる下請けで、権利は全てテレビ局が持っている。テレビ局の力がどんどん強くなって、指示通りに従わないと下請けから外される」

 

 

芸能プロダクションと制作プロダクションという2種類のプロダクションが存在するのがややこしい。

 

 

図で示すと下記のようになるのだろう。

 

その時々で、各プレイヤーの力は変動するだろうが関係性は簡単には変わらないだろう。

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画像引用はここから:http://sarustar.blog.jp/archives/50948003.html

 

 

現在、どんな番組を作れば良いのかがわからないテレビ業界に対し、何を見たいのかわからない視聴者になっているように見える。

 

NETFLIXやhulu周辺の数字を見て分かったことは、「日本人は美男子か美女しか見ない」ということ

数字を取れるキャストに数字を計算できるテーマを組み合わせられるだけの資本力や企画力がないテレビ局は沈没するでしょうし、40代後半から下の世代は特に本格的なテレビ視聴離れを起こし始めることでしょう。

 

番組のクオリティ、視聴者の反応は、もはや視聴率とは無関係になってきています。留意点は2つあって、1つは「それまでは明確に視聴者の満足度が数字に跳ね返っていたものが、いまやそこまで因果関係が見えなくなったこと」、2つめは「地上波など無料メディアで話題になったテーマやタイトル、キャストは、必ずしも有料番組やネット配信で数字を取らないこと」です。

 

 

 

求められるのはルックスの良さだけではない。

 

”リア充”や”インスタ映え”など体裁の良さを競い合う動きも目立つようになってきた。

 

 

時代は”中身の良さを求めてる”という結論に結びつけたくて書き始めたが、時代は中身を求めてないという結論になりそうだ。

 

中身がどうでも良いのではなく、機械化や自動化そして高度なプログラム制御が浸透普及し、人間が中身を高めても活かせる状況がどんどん減っているのかもしれない。

 

 

結局のところ「人は顔で判断されている」ことが科学的実験であきらかに!

「人は顔じゃない!」などとは申しますが、近ごろプリンストン大学から出た論文によれば、結局のところ、人は顔で能力や性格を判断されている面が大きいらしい。

 

 

『結局、顔かよ!』は、あまりにも残念なので、

 

主役よりも印象的!? 若手俳優「名脇役!」TOP10 2017.02.02

 寄せられたコメントから浮き彫りになったのは、存在感はもちろんのこと、芝居に「味」があるかどうか、ということ。つまり、演技力に裏打ちされた印象の強さを、それぞれが持ち合わせていると言える。

 

 

これだ!

 

大事なのは「味」!

 

 

以下余談

 

顔が重要な要素になってることがわかったので、『整形』にフォーカスしようとネタを集めたが、話が脱線しまくりで収拾が付かなくなりそうだったので、脇役や悪役出身の俳優がキャリアを積むほど顔が魅力的になることに活路を見出そうと考え「味」に行き着いた。

EV(電気自動車)に、一気に舵を切った理由

自動車界隈の話題といえば、最も焦点が当たっているのは自動運転に関する分野だと思っていたら、立て続けに出る記事がEV(電気自動車)がにわかに脚光を浴びだしたことを伝えている。

 

 

中国がガソリン車禁止へ 英仏に追随、時期検討
最大市場、EVシフト
日本経済新聞 電子版 2017/9/12

【北京=多部田俊輔】中国政府はガソリン車やディーゼル車の製造・販売を禁止する方針だ。英仏が7月に2040年までの禁止を表明したことに追随し、導入時期の検討に入った。電気自動車(EV)を中心とする新エネルギー車(NEV)に自動車産業の軸足を移す。世界最大の自動車市場である中国の動きは、大手自動車メーカーの成長戦略や世界のEV市場に影響を与えるのが確実だ。

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中国政府がガソリン車などの製造・販売の禁止検討に着手する背景には、北京など多くの都市で大気汚染が深刻になっている事情がある。さらに、ガソリン車などでは日米欧の大手メーカーに対抗することが難しいため、NEVで世界を代表する中国企業をつくり出す思惑も透ける。

 

 

 

 

なぜトヨタは"EV参入"を決断できたのか

トヨタを含め自動車メーカー各社が、世界第1位の自動車大国となった中国、そして中国に抜かれたとはいえ付加価値の高い高額商品の販売台数では中国と匹敵するアメリカ、これら2国の政府の動向に対して敏感に反応するのは当然である。

 

さらに、ここへきて奇妙な動きが欧州で出てきた。マクロン政権誕生から間もないフランスで2040年までにガソリンおよびディーゼル車の販売を禁止するとの政府方針が出た。その動きを追うように英国でも同様の発表があった。

 

この仏英の動きについては、政治的な思惑が極めて強いと、筆者は考える。なぜならば、7月にフランスで開催された次世代交通に関する欧州会議などを現地取材しているのだが、EC(欧州委員会)としてのEVや燃料電池車に関する中長期的なロードマップを作成する動きがないからだ。

 

 

EV(電気自動車)には、大きな課題がある。

 

  1. 航続距離が短い
  2. 充電インフラが整ってない

 

 

そして、もう1つメーカーが公式には認めない大きな課題がある。

 

リチウムイオン電池を自動車に使った場合の特徴かも知れないが、保証期間内に急激に充電池の性能が劣化することが頻発してるのだ。

 

満充電で走り始めて、普通に走ってるだけなのに、走れるはずの距離の半分にも満たないところでエンプティ(空)状態になるので、メーターを信用して乗るのが怖いという話が多い。

 

このクレームをメーカーは認めないので有償修理(充電池交換)になるのだが、これがかなり高額な出費になることもある。

 

これらの有効な対策として、大容量の充電池を搭載するということがあるが、そうすると販売価格が大きく上がることになる。

 

EVを自動車という観点だけから捉えると、

 

急加速のEVシフトに潜む5つの課題
日欧米韓中の鍔迫り合いとビジネスリスク

今後、世界市場に出現することになる数多くのEVであるが、消費者の需要が同時に比例して拡大するとは思えない。

 

 

 

 

そんな負の要素があるEVに一斉に舵を切る、その背景に何があるのかは大いに興味がある。

 

 

たびたびブログ内で資本主義が行き詰まってきてると書いたが、行き詰まってきたのは”化石燃料”を使う文化かもしれないと感じてもいる。

 

産業革命以降、化石燃料は、動力源となるエネルギーとして工場を支え、発電に用いられるようになると、エネルギーの種類を転換させ使い勝手が爆発的に良くなった。

 

やがて、化石燃料の一部の石油は素材としても活用され、プラスチックやビニールを産んだ。

 

心ある人はずっと以前から指摘していたことが、この時代になって多くの人が気付き出したのが、化石燃料は便利なのだが、循環処理できない廃棄物や自然分解しない生成物を産み出し、地球がそれらを受止めきれなくなっているということだ。

 

化石燃料は燃やして使うので、煙状の有害物質と粒子状の有害物質を排出する。

 

多くは、発生場所で被害を出すが、風に乗って拡散し易いので徐々に広がる。

 

そして、皆が知ってる地球温暖化。

 

真の原因を巡っては様々な論争があるが、大事なことは、既に現象として起きてるということだ。

 

信じられないくらい酷い中国の大気汚染、アメリカで多発する超大型のハリケーンなどの目立つ現象だけではない、生態系の変化も始まっている。

 

こんな流れの中で、脱化石燃料の動きとしてEVが脚光を浴びるのは自然な流れだ。

 

しかし、肝心の電気が火力発電所で発電されてれば少しガッカリだが、大衆の意識を変えるには充分だろう。

 

EVの要はバッテリーシステムにある。

 

そのEVが真に目的を達するためには、発電も変わらなければならない。

 

太陽光を始め、自然エネルギーに期待する話は、既存電力業界の不安定な電源は活用できないと言う声で潰されてきたのが日本だ。

 

その自然エネルギー発電の不安定さを補う要になるのもバッテリーシステムなのだ。

 

おそらく期限を決めてEVに舵を切ったということは、バッテリーシステムを要に据えた大規模なシフトが起こるのではないかと思い検索してみると、

 

“脱”化石燃料! 発電は再エネ熱利用が主流に? 2017/01/30

日本政府を慌てさせたパリ協定の異例の早期発効は、脱化石燃料のための再エネ拡大とエネルギー効率化が必須の流れであることの象徴であった。エネルギーが薄く広く存在する再エネの普及と、地域での取り組みこそが効果を上げるエネルギーの効率化が進むことは、必然的な結果としてエネルギー分散化を招く。

 

 

 

電力会社が原発に「終わり」を告げ、太陽光発電とバッテリーへの投資に動き始めた

米国の電力大手デューク・エナジー・フロリダは2017829日(米国時間)、フロリダ州西部の原子力発電所建設計画を中止することで、フロリダ州の公益事業委員会(PSC)と合意したと発表した。

今回建設中止が決定したレヴィー原子力発電所の代わりに、デューク・エナジー・フロリダはソーラーパネルや電力網(グリッド)接続型バッテリー、電力網のスマート化、電気自動車の充電エリアなどに60億ドルを投資する計画だ。新たな計画には、今後4年をかけてフロリダ州西部地区に出力700MWの太陽光発電施設を設置することも含まれている。

 

 

と出て来る。

 

バッテリー関連銘柄は買いだろう。(もう遅いかも?)

 

 

ここまで考えると、勘ぐってみたいことがある。

 

産油国を巡る不穏な空気があるのかもしれない。

 

1つは、石油の埋蔵量や生産を巡る話で、もう1つは政治を巡る話。

 

この辺に絡んで、石油に頼れない事情が実は発生してるのかもしれない。

 

この政治に絡んだ話で、身近な実話がある。

 

実話なので、迷惑を掛けてはいけないので可能な限り曖昧に表現する。

 

友人の娘が、某豊かな産油国の航空会社でCAをしていたが、夏の終わり頃その友人に会うと、娘が帰国してるという話になり、よくよく聞くと航空会社は辞めてきたとのこと。

 

その理由が、日常生活を普通に送っていて、以前は感じられなかった生命の危険を感じることが多いらしいとのこと、ちなみに外務省の発する情報の中には、その国が危険だと感じさせるものは皆無。

 

父親である友人もそれ以上のことは不明らしいが、娘さんが感じた危険は政治に起因するもののように感じられたとのこと。

 

IS(イスラム国)関連かなとも思うがわからない、ただ産油国はチョット不穏な何かが起きているかもしれない。