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 違う見方

独断と偏見による雑記、備忘録

嘘 VS 虚偽

雑記・エッセイ

森友学園問題は、籠池理事長を国会に証人喚問するまでに至った。

 

何を言い出すかわからないキャラクターの籠池氏を証人喚問した理由は、

 

どうやらあの手この手で偽証罪を適用するためだったようだ。

 

偽証罪が適用できれば、籠池氏側の主張は全部ひっくるめて嘘だったとしたかった

 

のだろう。

 

 

 

http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032301356&g=soc

「森友学園」の籠池泰典氏の証人喚問では、与党議員を中心に証言の信ぴょう性を追及する場面が目立ったが、検察幹部は「現時点で偽証罪に問うのは難しい」と慎重だ。識者は「与党側は『籠池氏の発言は信用できない』と印象付ける狙いだったかもしれないが失敗だった」と指摘する。

 

証人喚問を利用した偽証罪作戦は失敗したようだ。

 

 

 

今回の証人喚問が過去の喚問と違うのは、タイムラインで履歴が残ることのおそろしさ

 

を知らしめたことだろう。

 

時系列で情報と発言や行動がつながるので一目瞭然だ。

 

時系列で事態の推移を見ると、関係者の気持ちの推移も見えてくる。

 

そもそも私が森友学園問題を認識したのは下記の振込用紙の画像を見たことがきっかけ。

 

日付は覚えてないが、twitter上でだ、違和感はあったが、さもありなん感もあった。

 

f:id:chigau-mikata:20170324123633p:plain

画像出典:日刊ゲンダイ 2017年2月15日

 

 

その後急速に問題化していったので、この振込用紙の画像が問題を顕在化させたと言って

 

いいだろう。

 

では、顕在化する前の潜在状態はどうだったのかというと、この件を時系列でまとめてる

 

サイトを見ながら紐解くと、

 

森友学園問題発端となった最初の報道は?きっかけや始まりはいつから?

森友学園問題の発端となったのはズバリ2017年2月9日の朝日新聞の報道です。

それによると、

  • 2010年に近畿財務局が「森友学園の隣にある同じ位の広さの国有地(9492㎡)」「約14億2300万円」で豊中市に売却
  • 2013年6~9月に近畿財務局が今度は「森友学園建設予定地となった国有地(8770㎡)」の売却先を公募で探す
  • 2016年6月に森友学園がその土地購入決定
  • しかし実はこの時点では、森友学園の購入額は不明であった(国有地の売却は原則公表されるはずなのに、なぜか資料は黒塗りで非公表)
  • 森友学園に何か違反があった場合、国が「1億3400万円」で買い戻す特約が付いていた
  • 通常は「この特約の金額=売却額」なので、森友学園はこの土地を「約1億3400万」で購入と推測→籠池理事長も認める

 

 

この問題を追求していたのは、豊中市議会の木村真議員。

 

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木村真とともに豊中を変える会

 

木村議員が、追求を始めたのは2016年9月

 

木村議員が動かなければ何もわからなかったかもしれない。

 

 

昭恵夫人が最初に絡んだのが2012年9月

籠池氏は安倍首相が首相就任以前の2012年に「安倍晋三記念小学校」としたいと昭恵夫人を通じて安倍首相に打診したという。籠池氏は当初、この申し出は了承されたものの、その後首相に就任した事を理由に辞退したいと伝えられたと説明した。

 

2014年4月

首相夫人が塚本幼稚園を視察、涙を流す、理事長が「安倍晋三記念小学校」と発言。この頃から「安倍晋三記念小学校」と記した寄附金用紙が配られ始める。

 

2015年9月5日

安倍昭恵氏(総理夫人)が幼稚園を訪問し、午前午後の2回に渡って講演する、名誉校長に就任(1秒で即断)。

講演会で「籠池先生から安倍晋三記念小學院にしたいと言って頂いたが、名前を付けるとしても総理を辞めてからにして欲しい」と発言。

政府職員も同行していた。

夫人が「主人(=安倍晋三内閣総理大臣)からです」と籠池理事長へ100万円を寄付

 

 

2015年9月7日

5日に受け取った寄附金100万円を、淀川新北野郵便局から振込処理

 

参考引用したサイトは、

https://www65.atwiki.jp/abesho/sp/pages/13.html

http://ameblo.jp/et-eo/entry-12252576620.html

http://yodokikaku.sakura.ne.jp/?p=15342

http://www.news24.jp/articles/2017/03/23/04357184.html

 

おまけにこんなことも出てくるし。

 

 

 

「私」を生きる

「私」を生きる

 

この本が出版されたのは2015年11月。

 

寄付した直後に出版されてるのがおもしろい!

 

 

歴史を振り返ると、雄弁な既得権益者であるノイジーマイノリティが、サイレントマジョ

 

リティを支配するのが世の常だった。

 

トランプ大統領誕生やBREXITは、サイレントマジョリティがノイジーマイノリティにNoを

 

突きつけた革命だったとすれば、新時代の革命は血を流すものではないかもしれない。

 

この森友学園問題が日本や日本人にどう影響するかは見ものだろう。

 

もし変わらない場合、変われない国「日本」で生きるという新たな覚悟をする必要があ

 

る。

 

大好きなロシアのことわざがある。

 

 

起こることは避けられないこと。

Чему быть, того не миновать.

起こるべきことは起こる。必然的にそうなるようなことは、どうやっても回避不可能。

https://ja.wikiquote.org/wiki/ロシアの諺

 

イチローは筋トレ界の新しい教祖だ

健康・ヘルス・スポーツ

プロ野球の世界では、所属チームの枠を超えて選手同士でトレーニングをすることがあ

 

る。

 

そんなトレーニングの場は、魅力のある選手の周りに自然発生的に生まれるだろう。

 

そんな魅力ある選手の1人がダルビッシュだ。

 

ダルビッシュと超一流選手の「筋トレ塾」 デメリットも 週刊新潮2017年1月19日号

米メジャー・レンジャーズ所属のダルビッシュ有投手(30)による“筋トレ塾”。日ハムの大谷翔平投手(22)やヤンキースの田中将大投手(28)など、錚々たるメンバーが集まっている。しかし、プロ野球選手にとって、筋トレは良いことばかりじゃない。

 

 

ダルビッシュの周りには一流の選手が集まっていることがわかるが従来型の筋トレが中

 

心のように見える。

 

そんな従来型の筋トレにイチローは苦言を呈していた。

 

この動画の公開は2016年3月17日だ。

 


イチロー、大谷翔平やダルビッシュの肉体改造に苦言

 

そんなダルビッシュがついにイチローのトレーニングを取り入れた。

 

ダルビッシュが「イチロー直伝」のトレーニング方法を公開して大反響
2017年3月1日

誰もが気になるイチロー選手のトレーニング……しかも、それをダルビッシュ投手が実践してくれるのだから贅沢すぎると言っていいだろう。それだけに動画は大反響。Twitter での拡散はもちろん、YouTube の再生数も急上昇しているから注目度は高い。

 

 

いつ考え方をシフトさせたのだろうかと検索すると、

 

2016年12月13日 【速報】ダルビッシュ、イチローと自主トレする

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スポーツにはいろいろな種目があり、競技ごとにルールがありそこで競われるのは、勝敗

 

であったり、記録であったり、タイムや順位だったりするが、全部ひっくるめて定義する

 

と、「体力という少ないリソースの有効活用合戦」となるだろう。

 

 

初動負荷トレーニングや初動負荷理論と言う言葉は検索すればいっぱい出てくる、この

 

考え方の面白いところは、パフォーマンスを発揮する際に障害になる「共縮」に注目し

 

てることだ。

 

この言葉に出会うまで考えたこともなかったが言われてみれば目からうろこだ。

 

共縮は、よく言われる「力(リキ)んでる」状態だ。

 

筋肉が動く時は、多くの場合伸びる筋肉と縮む筋肉が対になって機能する。

 

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画像引用ここから

 

共縮は、本来伸びなければいけない側の筋肉が縮もうとして、どちらにも動かなくなる

 

状態だ。

 

本人は全力を出しているが、ちっとも作用しない状態が発生するのだ。

 

力(リキ)んでると言われてもピンとこないが、共縮が起きてると言われれば納得でき

 

る。

 

共縮が生まれる原因は、偏った筋トレや得意な動きばかり繰り返すことから起きる。

 

可動域を大きく取り、万遍なくすべての筋肉を活用する習慣があれば、共縮は起きにくい

 

はずだ。

 

総合的に高いパフォーマンスを発揮する選手がしなやかな印象を与えるのは理由があるの

 

だ。

 

高いパフォーマンスを生む伸びと縮みの動きは、緊張と弛緩のシームレスな連続で生み出

 

される。

 

 

 

イチローに見習うことが多い体の使いかただが、四股にも効果を感じているようだ。

 

 

イチローも実践!体幹を鍛え腰痛が改善する「四股」の効果 2015年1月21日

「イチローは打順を待つ間に必ず四股立ちをしています。そうすることで、体幹を整え、身体のブレをなくそうとしているわけです」

 

 

マラソンをする人も四股には注目してるようだ。

 

四股(シコ)を踏む事こそ、理想的な筋トレだった!

お相撲さんが毎回土俵で行っているのが四股です。また、毎日の練習の基礎が四股であり、四股が上手に踏めるようになるまで他の練習はしないとも言われる基礎中の基礎が四股です。

 

 

筋トレの世界にも革命が起きつつあるようだ。

 

相撲の四股は、流行りの開脚トレーニングにもなる。

 

この本に記載されてるトレーニングにも四股風のポーズがある。

 

 

どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法

どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法

 

 

共縮しない柔軟な筋肉の動きを手に入れるときっと幸せに一歩近づくだろう。

ライバル不明の時代は負担が軽いほうが良い

時代の変化

ライバルは同じフィールドにいるとは限らない。

 

90年台の後半当たりから使われ始めた言葉だ。

 

携帯電話が高校生に普及し始めた頃、それまで高校生を主要な顧客にしていた分野の多く

 

で売上の減少が起き始めた。

 

お小遣いの大半が携帯代で消えていたからであり、その時に用いられた言葉だ。

 

日本でガラケーが独自の発達を見せたのは、この時期に売上を奪われた業界や業種が、

 

携帯電話会社と提携してコンテンツを携帯に集め、電話料金として徴収するビジネスモデ

 

ルを作り上げたことが大きいだろう。

 

しかし、この独自の発達は世界標準には至らず、iPhoneの登場で衰退を余儀なくされた。

 

これに比べると、自動車産業は輸出相手国の事情に合わせて生産するというスタイルが

 

奏功し、世界標準として通用しているように見える。

 

一方、輸出相手国の事情には合わせていたのに衰退したのが家電メーカーだ。

 

自動車と家電の違いはどこにあったのだろうか?

 

おそらく、参入障壁となる要求技術レベルの高さの差が明暗を分けたのだろう。

 

要求技術レベルが高い自動車は、ノウハウを持たない新規参入が困難だったので既存

 

メーカーが淘汰再編されながら生き残った。

 

それに対し、生産がモジュール化した家電は新規参入が容易で、コスト削減要求が強く

 

高コスト体質の日本企業は衰退している。

 

 

ちなみに日経BP社の長田公平社長は、「メディアの苦悩」のなかで

 

家電は価格決定権を量販店に委ねてしまったから衰退し、自動車はディーラーという

 

身内に販売をさせたことで価格破壊を起こさなかったと言っている。

 

  

メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)

メディアの苦悩――28人の証言 (光文社新書)

 

 

 

いろいろな可能性が語られながらも未知の要素が大きいのがこれからの変化だ。

 

圧倒的なテクノロジーが変える世の中になるだろう。

 

要になるのは、商品や製品ではない。

 

変わるのは社会インフラだ。

 

バックグラウンドでAI(人工知能)が動く社会インフラ。

 

AIがそのレベルになってる頃は自動運転は当たり前になる。

 

そして、様々な履歴を必要とする取引や契約がブロックチェーンで管理監視され、基本

 

悪事ができない世の中になるだろう。

 

 

そんな世の中になるまでのつなぎ期間が今だ。

 

どれだけ続くかはわからないが、それまで我々は何か(誰か)をライバルとしながら、し

 

ばらく生きる必要がある。

 

 

 

商品や製品や著作物や無形のサービスは、そのものだけでは価値を生まない。

 

客のもとに届いてはじめて価値が出る。

 

前者はコンテンツと言われ、後者はデリバリーと言われる。

 

インターネットが、デリバリーの価値を大きく低下させている。

 

デリバリー分野で働く人がブラック化を余儀なくされるのは、付加価値を生まないから

 

コスト削減要求だけが強まるためだ。

 

宅配業界が待遇改善の動きを取ってるが、それだけでは衰退の勢いは止まらない。

 

 

その一方で、コンテンツは質が求められている。

 

作れば売れる時代はとうに終わっている。

 

テレビの視聴率は20%いけば大ヒット、apple製品だって思ったように売れない時代。

 

質が高くても多く売れるわけではない。

 

しかし、質を高めるしか拠り所がない。

 

強いて言うなら、ライバルは自分自身だろう。

 

 

 

多くのビジネスが再びライバル不明の時代に入っている。

 

「ものづくりの時代」を経て、「投資の時代」を迎え、その「投資の時代」が終わろうとして

 

いる現在、次世代のキーワードは何になるのだろうか?

 

 

次世代に備える前に「投資の時代」のツケを精算する必要がある。

 

投資バブルが崩壊する時に最も被害を受けるのは、最後にババを持ってた人になる。

 

投資には回収期間が生じる。

 

回収期間の長い投資をしてる人は爆弾を抱えてるようなものだろう。

 

とりあえず身軽にしておく必要がある。

サイバネティクスがおもしろい

先端技術

サイバネティックスと言われる技術的な考え方がある。

サイバネティックス英語cybernetics)は、通信工学制御工学を融合し、生理学機械工学システム工学を統一的に扱うことを意図して作られた学問。

 

現代及び近未来に関係するテクノロジーの原点と言えるだろう。

 

わかりやすく説明してるのが下記。

 

「渡り鳥とサイバネティクス理論」

サイバネティクスに該当する日本語は「操舵」ということばにあたります。「操舵」とは船を操ること“船の舵を取る”つまり操縦することです。あらかじめ決められた目標へ直線的に向って、最適コースをとるシステムと違って、行き過ぎたり戻り過ぎたりするが目標に向って進む――これが「操舵」でありサイバネティックスです。

 

人間活動に関して応用範囲が広いので、広く利用されてるが、一般的な認知は低い。

 

サイバネティクス理論とマーケティングの意外な関係

サイコ・サイバネティクス理論から発展した自己啓発プログラムと訪問販売が結びついたのがアムウェイやニュースキンに代表されるマルチレベルマーケティングなんじゃ。じゃからマルチレベルマーケティングの勧誘では必ず「あなたの人生の目的はなんですか?」「今のあなたの毎日は、子供の頃にあなたが想像していた毎日ですか?」という語り口で始まるし、親類や友人など身近な人たちを、その人のためと強く信じて勧誘する行動も自己啓発セミナーとそっくりなんじゃ。

 

人間が持ち合わせてるセンサーは、五感+第六感だが、センサーの精度も能力も動物より低

 

い。

 

人間は、ゴールを持ってるようで持ってない。

 

 

その時時で、目標や目的を設定し行動するが、純粋な自分自身の自由意志で目標や目的を設定

 

しているだろうか?

 

見えざる手としてサイバネティクス理論に操られているかもしれない。

 

古来、宗教家や占い師や指導者そして比較的新しくなってからは政治家などに操られながら行

 

動させられてるだけかもしれない。

 

 

しかし最近になって、人間は自分の外部に高度なセンサーを多数持つことができるようになって

 

きた。

 

テクノロジーの発達で体の外部にセンサーを設けることで様々なデータを入手し解析すること

 

で、精度の高い判断をすることが可能になった。

 

 

あらゆるものがデータとして記録されるようになると、嘘がばれやすくなり、特定の人間の思

 

惑だけで大勢の人を操ることができなくなってくる。

 

 

「アッキード事件」と呼ばれ始めた「森友学園」問題 政治家への現金授受疑惑も浮上!

 

 

 

 

知りたいけど知る術が無かった情報が取得できるようになりつつある。

 

集められたデータは瞬時に処理され利用される。

 

最初は、軍事情報としてスタートしたかもしれないが、やがて社会生活を支えるための公の情

 

報として、次に民間企業で活用するようになり、スマホの普及で爆発的になり、活用するかどう

 

かは別にして、センサーが取得可能にした情報は桁外れに膨大なものになった。

 

人間を中心に考えると、外部の周辺情報が、増え続けたと言える。

 

情報の取得はセンサーからだけでなく、IT技術の発達でアルゴリズムも情報を取得している。

 

最近数年でアルゴリズムが取得するデータが、パーソナライズを可能にし始めだした、まだ大

 

まかな傾向に留まっているが、目に見えないところで趣味嗜好が把握されている。

 

こういう状態を、怖いという人や気持ち悪いと思う人も多いだろうが、自分だけではないとい

 

う意味では、「赤信号みんなで渡れば怖くない」かもしれない。

 

 

情報の活用が次の段階に移りだしてるのが今だ。

 

 

情報は、媒体(メディア)を介して媒体側から大衆の側へ、ごく僅かな例外を除き一方通行で

 

発信されていた。

 

インターネットの登場が、一方通行だった情報の流れを双方向にし、かつそのやりとりにかか

 

る時間の壁を取り去った。

 

そしてSNSの登場が、情報の双方向性を拡大し、網の目状に繋がり出した。

 

拡大した網の目状のネットワークは雑音も拡大させはじめた。

 

情報が一方通行の時代には、解釈に多様性がなかった。

 

正解がひとつという時代だった。

 

 

その正解に納得できない人は大勢いたかもしれないが、その大勢がお互いの存在に気付くこと

 

ができなかった。

 

そのことは情報を発信する側に有利に作用し、情報に基づき大衆を操ることを容易にした。

 

機械化や自動化を促進したのは、「制御」技術の発達だ。

 

しかし、制御の有り様が行き詰まってるのかもしれない。

 

 

サイバネティクスは、行き過ぎたり戻りすぎた状態を修正しながら目的に向かう。

 

 

 

歴史的に見ると少し前まで日本でも、家で生まれ家で死ぬのが当たり前だった。

 

しかし気がつくと、病院で生まれ病院で死ぬのが当たり前になっている。

 

今の日本では、亡くなればほぼ火葬一択だが、少し前まで土葬も多かった。

 

サイバネティクスは、遺体の処理にも注目してるようだ。

 

世界各地では、気候風土に応じた遺体の処理法がある。

 

 

平均標高4500Mの岩と氷河の地チベットでは、日本の様に「遺体を燃やして骨にする」という

 

文化がない、というより必要ない。

 

魂を看取った後は、単なる躯として鳥や他の動物の食物として供する。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/鳥葬

チベット高地で鳥葬が一般的になった理由のひとつに、火葬や土葬は環境に対する負荷が大きすぎることもある。大きな木がほとんど生えないチベット高地で火葬を行うためには、薪の確保が困難である。

 

北極圏では夏になると地肌は出るが、永久凍土の地では、埋葬すると冷凍死体になり、そのま

 

まになる、だから、海に入れる。

 

砂漠の地では、遺体はミイラになり、年数をかけて風化させる。

 

インドシナ半島では、死体を櫓にのせジャングルに放置し、自然の営みに処理を委ねる。

 

 

 

根底にある考えは、死んだ人間の体を分解し、他の物質に変換させるということだ。

 

と言っても錬金術をやってるわけではなく土地の改良、活性化が目的だ。

 

 

死体を養分に木を育てる!? 新しい埋葬と森林計画の提案

もちろんエネルギーの循環や再生という意味でも非常に有効的なうえ、このような形での提案なら、人間の死を自然の流れの一部ととらえ、土にかえってまた新しい生命(=木)となって生まれ変わるという、ポジティブなアプローチとなるだろう。

 

今、地球は修正モードに入っているは明らかだ。

次世代のキーワードは「数学」が導く「美」

未来・将来

前回「数学」が要になって技術が発展してるという話を書いたが、書きながら頭に

 

浮かんでいた映画がある。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/博士の愛した数式

あらすじ

家政婦紹介組合から『』が派遣された先は、80分しか記憶が持たない元数学者「博士」の家だった。こよなく数学を愛し、他に全く興味を示さない博士に、「私」は少なからず困惑する。ある日、「私」に10歳の息子がいることを知った博士は、幼い子供が独りぼっちで母親の帰りを待っていることに居たたまれなくなり、次の日からは息子を連れてくるようにと言う。次の日連れてきた「私」の息子の頭を撫でながら、博士は彼を「ルート」と名付け、その日から3人の日々は温かさに満ちたものに変わってゆく。

 

 

博士の愛した数式 [DVD]

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淡々と進む物語で、大きな盛り上がりがあるわけではないが、見終わった後の余韻が

 

大きい不思議な映画だった。

 

「博士」は美しい数式や成り立ちが美しい数字にこだわる人だ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/友愛数

友愛数(ゆうあいすう、amicable numbers)とは、異なる 2 つの自然数の組で、自分自身を除いた約数の和が、互いに他方と等しくなるような数をいう。親和数(しんわすう)とも呼ばれる。

最小の友愛数の組は (220284) である。

220 の自分自身を除いた約数は、1, 2, 4, 5, 10, 11, 20, 22, 44, 55, 110 で、和は 284 となる。一方、284 の自分自身を除いた約数は、1, 2, 4, 71, 142 で、和は 220 である。

友愛数はピタゴラス学派の時代にはすでに知られていた(ダンブリクス Damblichus)。現在まで知られる友愛数の組は、すべて偶数同士または奇数同士の組である。

(220, 284) の次に求められた友愛数は (17296, 18416) である。この友愛数はそれ以前にも求められていたが、フェルマーにより再発見された。その後、オイラーにより 60 余りの友愛数が求められている。

なお、自分自身を除いた約数の和が元の数と等しい場合には、完全数と呼ばれる。自分自身を除いた約数の和を次の数として同じように計算していき元の数に戻る場合には、その組を社交数という。

 

 

人間関係を上手に結ぶことができない人だが、敵対関係をつくるわけではない。

 

そんな「博士」を中心にした人間関係物語で、接着剤の役目を「美しい数式」がはたして

 

いる。

 

数式が結びつけた人間関係は、ジグソーパズルのピースがうまくハマるようなしっくり感

 

があり、そこにはゆっくりとした時間の流れが存在した。

 

ビッグイベントがなくても「美しい数式」のような「美しい人間関係」が成立することを

 

教えてくれる映画だった。

 

 

数学が次代の要だとするとキーワードは「美」かもしれない。

 

人間の生き方に「美」が求められるのかもしれない。

 

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/美学

美学(びがく、aesthetics、またæsthetics、estheticsとも、Αισθητική (本文の2. 名称の項、参照)、「感性の学問」)とは本質や構造を、その現象としての自然芸術及びそれらの周辺領域を対象として、経験的かつ形而上学的に探究する哲学の一領域である。

 

 

なお、日本語の「美学」は、本来の意味から転じて勝敗利害を超越した信念の持ち主を評するときに用いられることがある(「美学を感じさせる指し手」など)。

 

日常使用する「美」という単語は、反対語に「醜」が位置する。

 

今の時代だったら、男にとっては「かっこいい」だろうし、女にとっては「かわいい」

 

という意味で使うことが多いだろう。

 

男にとって「かっこいい」を意味する言葉としてダンディズムという言葉がある。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/ダンディ

アルベール・カミュは、1951年の『反抗的人間』で以下のように述べている。

ダンディは美学的手段を通じて自らの統一を作りだす。

 

 

ジャン・ボードリヤールは、ダンディズムは「ニヒリズムの美学的形態」であると述べている[19]

 

女のダンディにあたるものはクウェインチュレル quaintrelle である。クウェインチュレルは情熱ある生活、すなわち個人的スタイルや余暇の気晴らし、他人からの賞賛、人生の快楽の追求を重視する女である。

 

wikipediaとは違う考え方もあるようだ。

 

ダンディズムの対義語とは

ダンディズムの対義語ってなんだろう・・・?

調べました。

 

「フェティシズム」

意味:持ち物や体の一部などに執着したり、衣類・所持品などの事物に対し,

異常に執着・愛好する態度。

いわゆる「フェチ」

 

いやいや、ダンディズムの意味「「完璧なるジェントルマン」と比べて、

かなり対義語としてのニュアンスがかけ離れている!!失礼だわ~!

と憤慨し、なにかあるだろう!とポチポチ検索をかけること小一時間。

 

ダンディズムの対義語は、ほぼ無いのが現状。

これが今は近いのかな~と思ったのが「女子力」!

 

  

女のダンディズムを「女子力」と表現するのはうまいかも!

 

 

そもそもこのダンディズムという言葉は、チョット前まで男性ファッション誌などでは

 

よく見かけた言葉だったが最近は死語ではないだろうか?

 

ユニクロを始めとするファストファッションが主流になり、ファッションのユニセックス

 

化が進んだことと関係がありそうだ。

 

ダンディズムとはやせ我慢であるという言葉があった。

 

ダンディズムに挑戦したい大人男子へ--嗜みとしての“やせ我慢”

 

 

ダンディズムが死語になってるとすれば、廃れた価値観は「やせ我慢」だろう。

 

ストレスが増大し、やせ我慢なんてしてる暇がないというか、キャパ的に受け入れられ

 

ない時代になったということかもしれない。

 

美を巡っての振る舞い方が大きく変わってきている。

 

「ダンディズム=やせ我慢」が成立してた時代は、男も女も「かっこいい」や「女子力」

 

を手に入れるためにやせ我慢を受け入れていたが、今やすべてがファスト化し、手に入れ

 

るためのトレードオフが金銭に換算されたものになっている。

 

つまりやせ我慢を買っているのだ。

 

やせ我慢をするということは、生き方を変化(シフト)させることだ。

 

一見合理的に見える「やせ我慢を金で買う」という行為がトレードオフしてるのは、変化

 

を求めているけど、生き方は変えないという矛盾だ。

 

「やせ我慢を金で買う」という行為は、生産性と言われてる。

 

 

生産性が優先される現代が失いつつあるのが「美」だ。

 

生産性を加速させているのは物理だ。

 

東野圭吾のガリレオシリーズに出てくる天才物理学者の湯川学はこう言ってる。

 

『仮説は実証して初めて真実となる』

ガリレオ・湯川学教授(福山雅治)の名言・格言20選

 

 

物理の根底には数学がある。

 

数学は、真実であるだけでは不満だ。

 

数学は美しくあることを指向する。

 

生産性の追求を支えた「物理」は、真実であれば良かった。

 

結果、「美」が欠けた世界になりつつある。

 

しかし自然発生的に「数学」に焦点が当たりだしている。

 

次世代のキーワードは「数学」が導く「美」となるだろう。

完成度の高さの背後には数学がある

謎・不思議

今から15年位前頃、省エネについて考えていた時期がある。

 

具体的には電気の使用量を減らす方法についてで、要になるのはエアコンの使いかただと

 

わかっていた。

 

考えるテーマが大きく二つあった。

 

  • エアコンの効率的な使いかたは?

 

  • エアコンを必要としない環境とは?

 

「エアコンを必要としない環境とは?」について考えている時に、いつも基準にしていた

 

のが「日陰」だった。

 

同じ日陰でも、涼しい日陰とそうではない日陰がある。

 

涼しい日陰を人工的に安く作れないだろうかと考えていた。

 

お手本は、木陰の涼しさ。

 

日差しを100%カットするわけではなく、木漏れ日があるにも関わらず暑苦しさを感じな

 

い。

 

温度や湿度を測れば、日なたと大きく違うわけではないのに涼しいのは何故だろうか?

 

この涼しさを人工的に作る方法はないだろうかといろいろ調べてみた。

 

似たような考え方は、立派な研究テーマとして存在してるらしいことがわかった。

 

結局この時考えたことは、雑学の知識を増やしただけなのだが、その時出会った言葉が

 

「フラクタル」という言葉だった。

 

うろ覚えだが、木陰に似た環境を人工的に作ろうとするならば、正三角形または二等辺三

 

角形状の小さな板を、高さを違え、隙間を設けながら互い違いに配置し、屋根状にすれば

 

疑似木陰空間ができるとあった。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/フラクタル

フラクタルfractalefractal)は、フランス数学者ブノワ・マンデルブロが導入した幾何学概念である。ラテン語 fractus から。 図形の部分と全体が自己相似になっているものなどをいう。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/フラクタル幾何

フラクタル幾何(フラクタルきか)とは、簡単に言えば「どんなに拡大しても複雑な図形」のことをさす。フラクタル図形とも呼ばれる。

フラクタル幾何に関する理論は、そのほとんどが一人の数学者ブノワ・マンデルブロ(Benoit Mandelbrot)によって創作された。彼は海岸線やひび割れの形、樹木の枝分かれなどに見られる複雑な図形を数学的に理論化した。

 

 

神様が作った無秩序に見える大自然にも、秩序が隠されていることに数学が気付いた。

 

 

人間が技術を発展させる時、他の生物や植物の構造をヒントにすることが多い。

 

軽さと強度が要求される航空機の翼や胴体に用いられるハニカム構造

ハニカム構造(ハニカムこうぞう、英語:honeycomb structure)とは、正六角形または正六角柱を隙間なく並べた構造である。ハニカムとは英語で「ミツバチ(=)」という意味であり、多くの蜂の巣がこのような形をしていることから名付けられた。

 

蚊が血を吸うメカニズムの解明から
世界で一番痛くない針の開発に挑戦

みなさんも不思議に思うでしょ? なぜ、蚊に刺されても痛くないのだろうか、って。

実は、そこには驚くべきメカニズムが隠れていたんです。

 

自然の力は人間の創造を超える!

「蚊が生み出した仕組みを、人間が自分たちの頭だけで考え出すことは難しい」と青柳先生は言う。実際、自然の力は人間の想像をはるかに超えており、そこから生物がもつ特殊な機能や不思議な能力を利用する「バイオミメティクス(生物模倣)」が近年、注目されるようになってきた。有名なのは、サメの肌に似た構造を採用してスピードを速めた競泳の水着だろう。カタツムリの殻がいつもきれいなことをヒントに、特殊な外壁材が生み出されたりもしている。

 

 

バイオミメティクスの研究が実用化されるためには、数学的な秩序が見出だせることが

 

鍵になるだろう。

 

数学的に解析可能になれば、技術の応用と生産の容易さが実現できる。

 

一見無関係に感じられることの背後に数学が潜んでることが、ドンドン明らかになる。

 

 

楽器がアコースティックな時にはあまり感じなかったが、楽器が電子化してくると、

 

音楽と数学の関係が密接なことがよく分かる。

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/音楽と数学

 

数学と芸術。

 

一見正反対に感じるこの両者はコインのウラとオモテのようで実はメビウスの帯のよう

 

な連続性の関係にあるかもしれない。

 

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新エンブレムに隠された法則とは? 「よくこんなの思いつくよね」と感嘆の声【東京オリンピック】

 

デザイナーの野老朝雄さんがどこまで意識してるかは不明だが、数学が潜んでることは

 

言うまでもないだろう。

 

その前の佐野研二郎さんのデザインだって数学的な存在だ。

 

最近のデザインは露骨に数学色が強くなっている。

 

この数学色が強いデザインは、完全にAI(人工知能)に置き換わるだろう。

 

AIがデザインすれば著作権の問題も発生しないだろう。

 

数学からデザインのインスピレーションを得よう!数学の美しさを楽しめるGIFアニメーションのまとめ

 

 

デザインと数学の出会いは、デザイナーと数学者の出会いでもある。

 

デザイナーと数学者の出会いは、「模様」を介して行われる。

 

模様に対して脳が、どう反応するかという研究が始まったのは1910年ドイツでだ。

 

ゲシュタルト心理学と言われる。

 

人間は、模様(パターン、形)に視覚的な単純さや規則性や対称性を求めるらしい。

 

現在のデザインには、ゲシュタルト心理学がデザインと数学を結びつけた結果の産物が

 

多そうだ。

 

 

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書き慣れた漢字が、正しく書いているのに間違ってるように見えることがある。

 

このような状態を、ゲシュタルト崩壊という。

ゲシュタルト崩壊の発生要因については未解明な部分が多く、静止網膜像のように消失が起きないことなどから、感覚器疲労順応によるのではなく、「比較的高次な認知情報処理過程によって発生する」[2]ことがわかる程度である

 

ゲシュタルト心理学が見つけた脳機能の1つだ。

 

 

 

 

デザインが数学をリスペクトしている。

 

そうなってくると人間が手掛ける芸術やデザインの拠り所は、手書きや手作りしかなく

 

なる。

日本のレコード業界は、コンテンツの生産ではなく切り売りをしてるだけ

未来・将来

日を置かずに出た二つの記事に、同じ匂いを感じたので取り上げてみたい。

 

最初はこの記事。

 

YouTubeで日本のMVの多くが海外から視聴できず 背景にはGoogleとの規約問題、国内レーベルの葛藤

動画共有サービス「YouTube」で日本の公式ミュージックビデオ(MV)の多くが海外で視聴できない事情がネットで注目を集めている。

 

国内音楽レーベルが販売戦略のために視聴制限を設けているという見方もあるが、背景にはYouTube側が自社の利益のために日本のMVを“お断り”している問題がある。

 

2015年の米TechCrunchの記事によると、「YouTube Red」の規約に署名した場合YouTubeパートナーに支払われる収益の割合は55%。これは当時の定額制ストリーミング配信サービス「Spotify」の70%、「Apple Music」の71.5%に比べてかなり低い数字になる。

 

 

金儲けのためにGoogleが収益の配分率を変え、日本のレコード業界がそれに反発し、

 

海外のファンがそのとばっちりを喰ってるという記事に仕立て上げられてるようだ。

 

この記事のわかりにくさは、関係者の絡み方がややこしいからだ。

 

表面的には、Googleとレコード会社とファンの間で問題が起きているのだが、Googleの

 

側には広告費を出してるスポンサー企業が含まれている。

 

そして、レコード会社の側には、コンテンツを作る社員ではない契約関係にある人が

 

いる。

 

Googleとスポンサーの関係は外部から見ると一体だが、この両者は利害に関して対立関

 

係でもある。

 

同様に、レコード会社とコンテンツ製作者は外部から見ると一体だが、利害は対立す

 

る。

 

ビジネスの問題の多くは、お客を巡って発生するが、この問題はお客であるファンが

 

無視されたことで発生している。

 

更にややこしいのは、レコード会社からするとYou Tubeを見るファンはお客ではあるが

 

お金を出してるわけではないので、今ひとつ大事にしないのだろう。

 

You Tubeを見る人が増えれば、CDが売れなくなるという被害妄想も膨らむのだろう。

 

一方コンテンツ制作者からすると、レコード会社がファンを大事にしてないと感じる

 

ことは、巡り巡って自分たちが大切にされてないと感じるのだろう。

 

レコード会社は、今やファンとコンテンツ制作者の間を取り持つ仲介業にすぎないの

 

に、かつてのようにファンとコンテンツを支配したいという思いが透けて見える。

 

 

 

もう1つの記事は、

 

「『DeNAのDNA』を持ち合わせていない者たちによって始められた事業」 DeNA、キュレーションサイトについての第三者委員会調査報告書を公開

  • 権利侵害記事は記事全体の1.9~5.6% 画像は74万件に問題
  • コピペ推奨マニュアル
  • クラウドソーシングサービスから採用されたライター
  • 記事単価の安さ
  • 記事に対するクレーム

 

 

昨年末から騒がれていた件の総括の発表だ。

 

内容的に新しいことが出てきてるわけではない。

 

しかし、You Tubeとレコード会社の問題に共通する臭いが感じられる。

 

 

コンテンツの収益を広告費として受取るビジネスモデルに企業が介在すると、

 

コンテンツに接するエンドユーザーの存在をないがしろにするということだ。

 

そうなるのは当然で、エンドユーザーの顔が見えないからだ。

 

エンドユーザーの反応を理解できないから、コンテンツの良し悪しがわからない、

 

客はコンテンツに集まるのではなく、アルゴリズムを活用し客をコンテンツに集める

 

方が効率が良いと考えるようになったのだろう。

 

だとすれば、コンテンツに金をかけるのは効率的ではないという発想になる。

 

DeNAは、再開に向けて舵を切りたいようだが、社内にコンテンツを評価するノウハウ

 

が全くない状態からのスタートになる。

 

エンドユーザーは、感情を持った存在であることを考えると前途多難だろう。

 

 

 

誰でも価値を認めないものに、お金を払うのはイヤだ。

 

売ってるものであるならば価値を認めればお金を払うし、売ってないものならば払うの

 

はお金でなくても良いが、言葉以上の行動があったほうが良いかも。

 

価値を認めてるのに、何も払わずに利用する人をフリーライダーという。

 

 

まちづくり関係者なら知っておきたい「オルソン問題とフリーライダー問題」解決方法!

今まで特に何も考えずに雪かきをしていた少年A。町内のみんなが「ありがとう、助かるわぁ」と声をかけていく。そこへ近所の若者Cが現れて話しかけた。

「A、えらいなぁ。にいちゃんも見習わんなんなぁ。毎日大変やろ?」

「いいえ特には。」

「こんな大変なこと毎日Aにだけやらせとるんは、にいちゃん気がひけるわ。町内のことなんだから当番制にしてみんなで交代でやろう。」

町内のみんなが集まる町内会で、その若者Cが「雪が降って大変だから、Aに任せっきりにするんじゃなく、みんなで交代制で雪かきをやりましょう!」

みんな快く協力してくれると思っていた若者Cだったが、町内の大人からは予想もしなかった言葉がたくさん返ってきた。

「Aが勝手にやっとることだから、わしゃ知らん。」

「毎日仕事に行かんとダメやから無理」

「腰が痛くて無理」

「誰も頼んでない」

今までは特に何も考えずに除雪をしていた少年Aだったが、こんな大人たちを見て一気に気持ちが冷めてしまった。

みんな「いつもありがとう、助かる」なんて言ってるのに、自分たちでは少しもやろうとしないんや...。

そんな人たちのために自分だけが何かやるなんてバカらしくなってきた。

もうやめよう...。

次の日から、Aは除雪しなくなった。

町の人たちは、毎朝自分たちで大変な思いで除雪をしている。

高齢者の家の前にはずっと雪が積もったままだ。

 

 

 

インターネットの普及は、コンテンツのフリーライドを促進したかもしれない。

 

どんな業界も最初は、善意に委ねてスタートするが、荒れてきたら、ルールが生まれ

 

る。

 

インターネットに強い規制は馴染まないが、ルールが必要だ。

 

法律が導くものではなく、アルゴリズムが導くルールが整う必要がある。

 

 

広告宣伝がエンドユーザーの気持ちと無関係に展開されてきた時代が終わりかけている

 

かもしれない。

 

 

 



2014年当時GoogleのCEOラリー・ペイジが描く未来のためには、まだPCを始めとする

 

必要なデバイスのスペックが足りないと語っている、それから3年経った現在、エンド

 

ユーザーとして接するITデバイスは大きく進歩してるようには感じない。

 

ラリー・ペイジは、Googleがやりたいことを実現するためには、コンピューターが

 

ユーザーを理解し、情報を理解する必要があると語っている。

 

もう少し時間がかかりそうだ。

 

ただ、ビジネスというゲームのルールは変わり始めている。

 

コンテンツの切り売りしか考えてないレコード業界と、コンテンツ制作者やファン

 

との距離は開くばかりだ。

 

今のままだと日本のレコード業界は消滅し別の受け皿ができるだろう。