違う見方

これから時代はどう変化するのかを時事ネタを交えて考察。考える際のヒント。気付くためのヒント。

<インターネット>の次に来るもの(3)

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

この本は、12のキーワードに基づき構成されている。

 

今回はそのキーワードの7〜9について、書いてあることを踏まえ、私が感じたことを書いてみたい。

 

 

 

 

 

7.FILTERING 選別する

 

12のキーワードの中で私が個人的に一番興味があるのがこれ。

 

情報を取捨選択するための"ふるい"として機能するものの名前として上げられているのが、ゲートキーパー、仲介者、キュレーター、ブランド、政府、文化的環境、友人、われわれ(=自分自身)の8つ。

 

しかし、あまりにも増えすぎたコンテンツを捌くためのフィルターとしては不十分だ。

 

膨大な選択肢からより好みに合うものを選ぶためのフィルタリングは大いに期待される一方で、強制的に選択肢を狭められる"検閲"のようなフィルタリングは嫌われる。

 

人間の目から見ると、フィルターはコンテンツに注目してるように見えるが、

コンテンツの側からすると、フィルターは人間の注意(アテンション)に注目してるように見える。

 

情報の潤沢さは、アテンションの貧困を生み出す。

 

 

日本とアメリカでは大きな違いがあるのが、"経験をデザインする分野"で、具体的に上げられてるのは、保育や医療や介護分野におけるアシスト的マンパワーに対する評価で、アメリカではこの分野の単価は急激に伸びているのに、日本では元々低い単価が削減対象にすらなるくらいだ。

 

日本で生活する日本人は、我々が持っている常識もかなりガラパゴスで、世界の常識と大きく乖離してるかもしれないということを意識する必要があるだろう。

 

コモディティ化しない能力とコモディティな能力を区別するフィルターが、まだ日本には存在してないのかもしれない。

 

嘆いてもしょうがないが、フィルターの問題ならば解決可能な気はする。

 

自分自身の内側でも外側でも構わないが、良いフィルターをもつことが非常に重要になるだろう。

 

フィルターが違いすぎると、人はお互いを理解できなくなる。

 

最近、そういう事例はますます増えている。

 

 

 

 

8.REMIXING リミックスする

 

あまり琴線に触れることはなかった。

 

デジタルデータは、加工可能なものが多く、編集することが出来る。

 

だから、決して完成形にならず、ずっと編集され続ける存在にもなりうる。

 

 

"1.なっていく"を強く支えるデジタルの特徴である。

 

 

 

 

9.INTERACTING 相互作用する

 

未来を語る話の中に出てくる"INTERACTING 相互作用する"に関する話は、案外わかりづらい。

 

それは、今はない(できない)話だったりするからだ。

 

ここで語られてることは、VR技術が高度になっていく話などを事例に展開されているが、あくまでも大事なことは人間の感情や情動であることには代わりが無さそうなので、少し違う解釈をしてみた。

 

相互作用とは、自分と相手が互いに影響し合うと捉えれば、リアルな関係の中では当り前の話だ。

 

ことさらに相互作用を取り上げるということは、仮想世界を前提にしてるからで、この場合の仮想世界は、インターネットを含むネットワークで繋がった世界だ。

 

ネットの世界で相互につながることは当り前過ぎて、敢えて考えるとむしろ拍子抜けだ。

 

そのように考え始めると、"インスタ映え"や"リア充"あるいは過剰に"いいね"を求める気持ちは、瞬時の情報の双方向化が可能になったことが関係してるだろうという意味で相互作用の賜物かもと思えてくる。

 

インスタ映えもリア充も明確な定義付けが為されたことばではなく、"空気"を示すことばとして広まった。

 

その意味合いが話題になることはあっても、その背景が話題になることは少ない。

 

情報の双方向性が生み出す"相互作用"が、コミュニケーションに多様性を与えることになったのだ。

 

多様性というよりも、"なりたい自分"の疑似体験と言った方が良いかもしれない。

 

インスタ映えやリア充は、発信する側と受信する側のどちらにも、"なりたい自分"と"現実の自分"の隙間を埋める仮想性が背景にあるのかもしれない。

 

おもしろいのは、実際に写真に撮っているのだから現実であるにもかかわらず仮想性が演出されることだ。

 

映像や画像を通じての他人とのコミュニケーションなのに、自分の夢や希望や理想を疑似体験するようなことが起きていることに、多くの人はあまり自覚を持っていない。

 

これは、何を意味してるかというと、従来コミュニケーションと言うのは、"人間と人間"あるいは"人間とペットや動物"のように感情や気持ちを持っている相手との間に成立するものだったが、デジタルデバイスと通信ネットワークが発達することで、人間はデジタルデータとコミュニケーションを取るようになり、そこに感情が芽生えることに気付いたのだ、そんな自覚は無いかもしれないが。

 

写真に関しては、昔から芸能人など憧れの対象とすることはあったが、そういう場合は外見を意識することが多かったが、昔は芸能人が自分で自分の写真を撮っているわけではないのでデータの流れは一方通行だった。

 

現代は誰でも写真を撮り発表することができ、写真を通してライフスタイルを表現するようになった。

 

ライフスタイルは見せるものとなり、評価の対象になるというシフトが起きた。

 

写真という単なるデータが、相互作用の結果、生き方に影響するようになった。

 

この相互作用について考えていたら思い出したのが、タレントの武井壮の話。

 

武井壮は、コンディションとパフォーマンスに体温が大きく関係してると主張する。

 

彼の発言にはおもしろいものがたくさんある、若干披露すると、

 

 

 

 

 

 

体温を通じて、理想の自分と現実の自分がコミュニケーションを取っていると私には見えた。

 

ただ眺めるだけだったら単なるデジタルデータで終わるが、そこに相互作用のコミュニケーションが成立すると、知らなかった自分自身が見えてくるようになるのだろう。

 

ここで語られてる相互作用は、五感を使って気付いたり、感じたりすることの補完だと感じる。

 

 

 

 

未来を語る話も、よく見ていくと、コロンブスの卵のような温故知新が匂い始める気がする。

 

ここまで書きながら改めて感じるのは、思考やコミュニケーションの原点には、常にことばがあるということだ。

 

未来を語る話に、なぜ既視感のある温故知新を感じるかということに思いを馳せると、人間は文字やことばを超えるコミュニケーションをまだ持ってないんだと気付く。

 

 

音楽の世界にデジタルが進出し、ソースとしての音源がデジタル化し、デジタル化された音楽信号はデジタルアンプで増幅されるが、最後にスピーカーから出る瞬間だけはアナログな存在となる。

 

音が最後はデジタルであることができないように、ことばも最後の部分はデジタル化できないのかもしれない。

 

人間の脳力を大きく超えるであろうAI(人工知能)は、"人間とは何か?"の追求からスタートしている。

 

AIは、どこまでも進歩するかもしれないが、導いた答えはことばで表現するしかないとすれば、インターネットの次がどうなろうと、人間はアナログな領域で悩む生き物なのかもしれない。

 

また、自分がどのフィルターを用いることが良いのかは考えようとするが、自分がどんなフィルターで選別されてるかはあまり考えないかもしれない。

 

人生が思ったとおりにならないのは、今も昔も同じということだし、未来も対して変わらない気がする。

 

<インターネット>の次に来るもの(2)

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

この本は、12のキーワードに基づき構成されている。

 

今回はそのキーワードの4〜6について、書いてあることを踏まえ、私が感じたことを書いてみたい。

 

 

4.SCREENING 画面で見る

 

 

当たり前になると疑問を持たなくなるが、21世紀になるかならないかの頃、パソコンに向かい行動する姿が第三者にはコミュニケーションを拒否する姿に映っていた時期がある。

 

ディスプレイに向かい合うという行為が感じさせた違和感は、それ以前の標準的なスタイルとの違いに由来するのであろうことは変化をリアルタイムで経験した私には理解できた。

 

それ以前のスタイルとは、勉強したり情報を入手する場合だと、直接対面であったり、本を含めた紙媒体の資料を見たり、スライドや動画など大画面のスクリーンを用いたり、第三者の目から見ても何をしているかが分かるスタイルが多かった。

 

しかし、パーソナルサイズのディスプレイを携帯し、そのディスプレイ越しに情報を送受信したり、ディスプレイ越しにコミュニケーションを取ることが当たり前になると、第三者には何をしているかがわからなくなる。

 

 

スタイルの違いだけでも与える印象が大きく変わったが、もっと重要なことは、ディスプレイ中心の現代流以前の情報は固定化されていて、内容が変わる場合は別途改訂作業を施し、改めて別の方法で出し直さなければならなかった。

 

しかし、ディスプレイ中心の情報は容易に改訂でき、改訂と同時にリリースできるし、ハイパーリンクを貼ることができるので、難解な情報を理解するために別の資料を必要とすることが減った。

 

このことが、ビジネス面への影響だけで無く、個人の行動にも大きな影響を与えている。

 

リンクされなければ”人“も”情報“も存在してないのと同じになるという考えが浸透し始める。

 

過剰に”いいね“や”フォロワー“を求めることの背景には、ディスプレイの存在が大きく影響してるかもしれない、そうだとすると当分続くだろう。

 

 

瞬時に対応できることが当たり前になると、”リアルタイム“が重要になり結果として”今“が大事になる。

 

過剰に”今“が重視されることがブラック労働の根底にあるかもしれないとすると、これも簡単には無くならないかもしれない。

 

ディスプレイ上でのやり取りには双方向性があるので、ディスプレイ上で何にアクセスし何を調べたのかはデータとして残ることになるが、このことを意識することは少ない。

 

ディスプレイを上手に使うことで、圧倒的な知識を自分の外部に持つことができ便利になったが、こんな分野にもトレードオフは生まれる。

 

時間を気にせずに、考えたり、想像したり、以前だったら当たり前にやっていたことが日常から減っている

 

 

 

 

 

5.ACCESSING 接続する

 

音楽や書籍の世界で見かけることが増えた”定額利用(サブスクリプション)“というスタイル。

 

従来の所有するという考え方からのシフトだが、この定額利用というスタイルも双方向性が特徴で、消費者であるエンドユーザーが何を好んでいるかがデータとして得られる。

 

定額利用とは、コンテンツへのアクセス権の購入だ。

 

ラインナップしてるコンテンツが問われる。

 

この定額利用で得られたデータは、次のコンテンツ作りに大きな影響を与える。

 

つまり、間接的だが消費者が製作者側に影響を与えるのだ。

 

 

Uberは、タクシー業界との関係で語られることが多いが、Uberが創り上げた価値は、確実なアクセスが従来システムのネガティブ要素を一掃したことにあるので、他分野へも応用が効く。

 

Uberのアクセスはスマホを介して行われるので、

 

・お客は居場所を伝えなくて良い

 

・決済もスマホ

 

・現在地に最も近い運転手が来る

 

 

このお客にとって都合の良い条件は、ドライバーにとっても都合の良さにつながる。

 

・自分でお客を見つけなくて良い

 

・料金回収のストレスがない(現金を扱わない)

 

・条件が折り合えば柔軟な対応ができる

 

この結果、イニシャルコストをかけることなく大勢のドライバーをアウトソーシングで確保することができることも強みにつながった。

 

新しい動きが起きた時、既存の業界が破壊される点だけに注目が集まるが、アクセスの仕方を大きく改善できたということが要になる。

 

なお現在のところ、プログラマーやライターなどのクリエイト系の分野とは相性が良くなさそうで、相性が良いのは体を使う分野のような印象を持っている。

 

所有がレンタルやシェアへシフトすることに似ているのがアクセスが開いた分野だが、会社が社員を雇用することが所有ならば、派遣がレンタルで、アウトソーシングがシェアに当たるのかもしれない。

 

 

今築き上げられてる文明の多くは、中央集権的なものの産物と言えるが、明らかに世の中は中央集権から分散化へシフトが始まっている、賛否はともかくこういう動きが避けられないとするならば、アクセスに注目する価値がある。

 

中央集権的なものへのアクセスは限定的だからアクセスが注目されることはないが、分散化するとアクセスの差は大きな違いとなるだろう。

 

ここでは、仮想通貨にも触れている。

 

中央集権的なものの最たるものは国家だが、国家を国家たらしめてるのは、通貨を発行し、通貨の動きを把握できることにあるが、仮想通貨は通貨を中央集権的な存在から分散化された存在にシフトさせることにつながる。

 

ドルで動けばアメリカのお金の動きを意味し、円で動けば日本のお金の動きを示すことになるが、仮想通貨の動きはどの国に属するのか?

 

この本には書かれてないが、最近は仮想通貨の動きに課税する動きも見えるようになってるが、これは仮想通貨を既存通貨と交換する時に動きを捕捉されることから可能になる。

 

仮想通貨を仮想通貨として使うだけの場合はどうなるのか?

 

現在の仮想通貨にはいかがわしさの方が強いが、通貨の分散化と考えると、国家はどうなるのだろうかという奥の深さを感じる。

 

 

 

 

 

6.SHARING 共有する

 

シェアと聞いて我々が思い出すのは、カーシェアやシェアハウスのようなものが多い。

 

しかしシェアには、FacebookやYouTubeやインスタグラムに代表される無料でアクセスできるコンテンツも含まれるが、これらは利用していてもシェアしてるという意識があまりない。

 

シェアには公開することに同意された個人情報も含まれると言って良いだろう。

 

通常意味する個人情報は、“何処の誰”に関連する情報で、これは現代では秘匿の対象になってしまった。

 

しかし、公開に同意される個人情報とは、考え方や意見や創作を通じての自分のセンスだったりで、これに関しては皆喜んでやっている。

 

ビジネスが絡む分野でも、より発展したければプラットフォームを共通化しなければいけないので、独占したければオープンにして皆が利用できるように、共有できる存在に高めなければいけなくなる。

 

パソコンでWindowsの利用率が圧倒的だった頃、OSのアップグレードは有料だったし、アップグレードではスペックが不足するからパソコン自体を買い直すことを余儀なくされることも多かった。

 

パソコンの世界にシェアなんて言う概念がない頃、ビルゲイツがフリーソフトを憎んでいたのは有名な話だが、そんなWindowsも今ではOSのアップグレードは基本無料であることを考えると、ビルゲイツですら前時代の価値観の持ち主だったことがわかる。

 

共有が成立する背景には、平等と通じる、(多少の条件は課されても)全ての人に役立つであろうことは全員が享受できる必要があるという価値観の存在があるだろう。

 

今後共有される可能性がある情報としては、カルテ情報なども名が挙がっている。

 

 

オンラインで接続してアクセスする機会の広がりは、中央集権的なものから分散化へのシフトを促すとともに、シェアのように他人とも良い関係を求める気持ちも拡大させてる。

 

このような動きを取ると、指示の流れにも変化が生まれ、トップダウンは余程のカリスマ性がないと支持が得られないだろう。

 

 

勝つことや、独占することがモチベーションの源泉である時は、相手を負かすことが目的になる。

 

しかし、競い合いの場であっても、競う相手は自分自身であったり、自分が定めた目標であって、勝つことよりも悔い無く全力が出せることに価値が移りつつある。

 

 

 

 

たまたま今日、この本の内容と無関係では無さそうな記事が出ていた。

 

スマホとアプリのトレンドが、大きな曲がり角に差し掛かったと思われる理由。

これからは、やみくもにスマホの出荷台数やアプリのインストール数といった「量」を追うのではなく、良質なユーザーを獲得して、長い時間継続的にサービスを利用してもらうという、「質」を追求していく時代になってきているのではないでしょうか。

 

デバイスが主役の時代ではなくなり、アプリが主役に見えるようになっているが、アプリにも2種類あり、ゲームのようにアプリ自体がコンテンツになってるものと、コンテンツはユーザーが作り上げるものに別れる。

 

質を追求するとは何を意味するのか?

 

私には、コンテンツの時代になっているように感じられるが、だとすれば問題はただ一つ。

 

コンテンツがあまりにも多すぎることだ。

 

"コンテンツを上手に捌く"ということが価値を生むだろう。

 

 

<インターネット>の次に来るもの(1)

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

 

 

この本は、12のキーワードに基づき構成されている。

 

それぞれのキーワードについて、書いてあることを踏まえ、私が感じたことを書いてみたい。

 

 

      1. BECOMING なっていく

 

 

「なっていく」ことやモノを予測することはできない。

 

次に来るのはネットワークの革命だと言われている頃、メディア業界の多くは、そして当時の専門家ですらインターネットやウェブを、それなりに機能しているテレビのことだとしか表現できなかった。

 

最前線で頑張るITエンジニア達も、何が出来上がるのか分からずに悪戦苦闘していた。

 

結果として出来上がるものは、正に“なっていく“ものとなる。

 

世間の多くの人がインターネットを認識したのはWindows 95がリリースされた1995年だが、”なっていく“ための変化はその10年前から始まっているのだ。

 

”なっていく“変化には、法律やルールも含まれてくる。

 

これらも予め想定できるものではなく、事後的に対処されていく。

 

21世紀は、登場するデバイスの多様さに対応することから始まり、やがて関心はデバイス上で動くアプリにシフトしていった。

 

そして、今はアプリ上での”コンテンツ“に関心が移っていると言われている。

 

”なっていく“変化は、これからも次から次へと起きるのだろう。

 

これらは、振り返るからわかることで、ジョブズのこの言葉を実感する。

 

先を読んで点と点をつなぐことはできません。

後からふり返って初めてできるわけです。

したがってあなたたちは、

点と点が将来どこかでつながると

信じなければなりません。

自分の勇気、運命、人生、カルマ、

何でもいいから、信じてください。

点がやがてつながると信じることで、

たとえそれが皆の通る道からはずれても、

自分の心に従う自信が生まれます。

これが大きなちがいをもたらしてくれるのです。

 

 

 

 

      1. COGNIFyING 認知化する

 

あらゆるものをインターネットに接続できるようにする事を、IoT(internet of things)と呼ぶが、これは現場に設置されてるセンサーの情報を遠隔で読み取る事だが、このセンサーにAI(人工知能)を組み込む方向に進み出している。

 

昨年後半にリリースされたAIスピーカーのようなものだ。

 

AIスピーカーは、AI感が満載だが、地味にAIを搭載してるのがカメラだ。

 

オート設定で誰でもキレイな写真が簡単に撮れるのはAIのおかげ。

 

顔認証なんて言うのはAIがあるからできることだし、監視カメラとの相性は抜群だろう。

 

AIが搭載されることは、センサーが学習できることを意味する。

 

この分野は、まだ始まったばかりだ。

 

これから、おまけでAI付いてますと言う商品が多数出るだろう。

 

 

 

 

      1. fLOWING 流れていく

 

大事に所有するという気持ちが薄らいでいる。

 

この気持ちの変化が、ストックすることの価値を弱めた、必要なものは自分が所有するのではなく、社会にストックされていれば良いとなる。

 

必要になったら、その時に使い方を選択すれば良いという気持ちで構えるようになると、昔だったら欲しいと感じた多くのものが実は無くても構わないことに気付く。

 

社会にストックされてれば構わないモノの特徴は、コピーできるものであり、コピーで構わないモノ。

 

コピーできるものとは、複製はもちろん、大量生産されるもの全般に当てはまる。

 

コピーできるものは、シェアの対象になり、“fLOWING 流れていく”モノとなる。

 

その反対に位置するものは、一つの例として“信用、ブランド”があげられてるが、これから定義が増えていくだろう。

 

“fLOWING 流れていく”モノの多くは無料になるが、課金対象になる場合の特徴が八つあげられている。

 

説明の必要がない特徴と説明が必要な特徴があるので、本に記載されてる順番と変えて表記すると、

 

・即時性

 

・パーソナライズ

 

・信頼性

 

・支援者(応援したい気持ちをお金で表現)

 

以下は説明がないとわかりづらいが、私なりの意見も含めている。

 

・解釈

ソフトウェアはタダだが、そのマニュアルは有料のような場合。

似てるもので昔からあるのが、法律はタダだが、法律を活用しようとすると全て有料で手続きすら無料にはならないというものだ。

 

 

・アクセス可能性

使い勝手の良さが大事な場合、無料の素材を楽しむためであっても費用を惜しまないことが例としてあげられていて、身近なものにクラウド活用などがある。

 

 

・実体化 

映画を映画館で見るような場合、講演会を直接見に行く場合、スポーツを競技場に見に行く場合など、情報にプラスして臨場感を評価できれば、そこは一期一会の場になる。

 

あるいはオフラインミーティングのように、直接会いたくなったりすることも。

 

 

 

・発見可能性

あまりにも膨大な商品やコンテンツの中から、お金を払ってでも見たい、聞きたい、知りたい、欲しい、と思えるのは、ユーザーのレビューのおかげだったりする、アマゾンが強いのはユーザーの豊富なレビューのおかげと言って良いかもしれない。

 

 

“fLOWING 流れていく”ようになることで、“名詞”が“動詞”に変化するようになる。

 

流れて行くものには、四つのプロセスがある。

 

 

固定的/希少

  ↓

無料/どこにでもある

  ↓

流動的/共有される

  ↓

オープン/なっていく

 

 

音楽や映像を含めたメディアの世界が、他の業界に比べて一足早く“fLOWING 流れていく”な状況に晒されたことになるが、この本に書かれた方向に世の中が進むならば、これからもっともっと大きな変化がさまざまな業界や分野に訪れるのだろう。

 

 

それにしても読みづらい本で、書いてあることは全く難しくないが、集中力が持続しない。

 

だけど、やっぱりおもしろいことが書いてある。

 

今日は12のキーワードのうち3つについてで、続きは改めて。

 

今起きている変化をビジネス的に解説してるものの多くは、ピント外れかもしれない。

 

例えば、Amazonの快進撃がもし本当にユーザーのレビューにあるとすれば、対立関係にあるのはリアル店舗の店員の質になるだろう。

 

どの位商品知識があるのか、その知識は商品を使いこなせるレベルなのか?

 

知識と経験が必要だが、それを上手に伝える表現力とコミュニケーション力も要求される。

 

売り場に立つのが素人同然では太刀打ち出来ないのは当然だろう。

 

しかし、"Amazon VS リアル店舗"は、コスト面ばかりが取り上げられる。

 

少しピントがずれているかもしれない。

 

こうやって考えると、テレビの通販番組は実に痒いところに手が届いているといえる。

 

"ジャパネットたかた"などもそうだ、自ら商品について知識を高めたユーザーが欲しくなる商品ではなくても、説明がわかりやすいと魅力的に見えてくる。

 

型遅れの商品であっても、使い勝手がイメージできればユーザーには何も問題はない。

 

変化のどこに焦点を当てるかで、世の中は全然違って見えてくる。

 

今起きてる変化

数年前、知人が仕事仲間数人と"アメリカの流通業の実態を調査"と称して旅行に出かけた。

 

調査という名目は、半分以上口実だったが、日本人が訪れる定番コースは外し、出来る限り地元の人しか行かないようなところを中心に回ったらしい。

 

その時、印象に残ったらしいことを記すと、

 

・とにかく異常に太った人が多い

 

・街を歩いてる人がとにかく少ない

 

・道路など目につくインフラの整備状況が悪い

 

 

その旅行でのアメリカの印象は、「アメリカ、(国として)ヤバイよ」だったらしい。

 

 

異常に太った人が多いというのは、アメリカに対する先入観の"あるある"だろう。

 

そんなアメリカでも健康は大きなテーマになっているようだ。

 

「スポーツドリンクより水」の消費者、競争の激化…… ペプシコが飲料部門で苦戦している

健康志向の高まりから、アメリカではスポーツドリンクよりも水道水やミネラルウォーターを選ぶ消費者が増えている。

 

2017年秋にはターゲット層の43%がスポーツドリンクを飲んでいたが、今や38%に減っている。スポーツドリンクを消費する頻度も3分の1ほどに減少していて、スポーツドリンクをほとんど飲まなくなった消費者のうち38%は、その理由として健康への配慮を挙げた。調査対象者のおよそ55%は、スポーツドリンクの代わりにペットボトルの水を選んだと答えている。

 

 

これは意識高いアメリカ人の一部に起きている"砂糖離れ"といえるかもしれない。

 

最近日本だけでなく、"◯◯離れ"と呼ばれる現象が増えていることに気付く事が多い。

 

 

 

46年前からあった「若者の○○離れ」と、今起きている「お金の若者離れ」

「若者の○○離れ」という言葉は、単に若者がそれらから離れている事実のみを指す場合もあるので、一概に使用するのが悪いということではありません。

 

ですがこの言葉が、消費しない若者を“皮肉って”使われる場合、「それにお金を使わないのは、若者の意識が低いわけではなく、必然なのです」と訴えたいところです。

 

 

 

※太字にしたのは私

 

とあるように、変化するものには必然としか思えないことも垣間見えてくる。

 

 

 

 

省庁データ、近く西暦で統一…来春は間に合わず  2018/5/21(月)

改元に伴うシステム改修費の大幅削減につなげるほか、データ形式を統一してシステムを連携しやすくする狙いがある。

 

情緒的な要素を評価しなければ、もはや元号は必要を感じない、これは"元号離れ"だろうか?

 

私はうまく説明できないが、デジタルシステムの設定においても、元号表記があることで手間もコストも大きく掛かるらしい。

 

この元号の話を聞いて思い出した本がある。

 

2016年の7月に出たこの本は、話題になっていたのですぐに電子書籍で購入した。

 

翻訳本にありがちな読みづらさがあるが、おもしろかったという印象はあるが、中身はきれいに忘れている。

 

再度読み始めているが、読みづらさは相変わらずで、難しい言葉があるわけではないが、すぐに集中力が途切れ別のことを考え始めてしまうのでページが進まない。

 

書評を検索すると、同じような意見が多い。

 

 

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則

 

 

 

直接的には、ITの世界が次はどちらに進むかということを書いてあるのだが、ITやシステムの世界に留まらず、"〇〇離れ"と言われる現象も、この本で説明することができるかもと思って今読み直し始めたところだ。

 

この本では、起きる変化を12のキーワードで説明している。

 

  1. BECOMING なっていく
  2. COGNIFyING 認知化する
  3. fLOWING 流れていく
  4. SCREENING 画面で見る
  5. ACCESSING 接続する
  6. SHARING 共有する
  7. FILTERING 選別する
  8. REMIXING リミックスする
  9. INTERACTING 相互作用する
  10. TRACKING 追跡する
  11. QUESTIONING 質問する
  12. BEGINNING 始まる

 

今、目にしてる"〇〇離れ"とは、"1.BECOMING なっていく"の変化に含まれるものかもしれない。

 

最近、車の運転の仕方が問題になることが増えている。

 

煽り運転と言われる運転だが、この煽り運転は"心"や"モラル"の問題と捉えられることがほとんどだが、私は別の原因を疑っている。

 

車の制御がデジタルになったことが無関係だと思えないのだ。

 

アナログ制御では、過渡特性を制御する時に無限のパターンがあり、その制御はドライバーに委ねられていた。

 

決してスピードを出したり、過激な走りをするという意味ではなく、普通の運転でもだ。

 

この過渡特性のコントロールは、テクニックや技術と見識(モラルを含む)が要求される代わりに、コントロールする喜びと上手になりたいという向上心につながっていた。

 

しかし、デジタル制御になると基本はONかOFFかの選択しか無い、もしくは人の介入の余地が全く無い場合も増えている。

 

運転する喜びや上手になりたいという向上心は、運転には不必要と感じさせる車になってしまう。

 

 

その代わり、運転に無関心でも一定レベルの運転ができるようになるが、運転する喜びとトレードオフの関係になる。

 

デジタル制御の中には、人間の感性と相性が悪いものが多い気がする。

 

そんなデジタル制御が、イライラに関係してる気がするが、直接の因果関係などもちろん無い。

 

車は、今も昔も移動のための道具だが、それに加えて昔は"運転"が重要だったが、現在では"過ごす空間"としての関心に重要さが移っている気がする。

 

 

 

言葉足らずに語っているのはわかった上で、デジタルが人間に知らないうちに及ぼしている影響が、"〇〇離れ"にあると感じている。

 

前回、この本を読んだのは、ブログを始める少し前の時期だった。

 

現在、読み直したのは、"1.BECOMING なっていく"の部分だけだが、これからの時代は、人々は何かのベテランという一度到達したらその地位が揺らがないようなことは成立しなくなり、人々は常に何かの初心者であり続けるような時代になると書いてある。

 

つまり、次から次に新しいものが出て来るのだ。

 

取り上げられている事例から納得感はあったが、"〇〇離れ"は、決してベテランになること無く、次から次に出て来る新しいものの初心者であり続けるために、ベテランが存在していた領域が崩壊していると考えれば納得できそうな気がする。

 

少々こじつけ気味だが、今起きてる変化を受け入れながら、これから起きるであろう変化に対応するためには、それなりの準備がいるだろう。

 

過去の変化は、理屈で説明できる事が多いが、未来の変化は漠然としか予想できないのは仕方がないことだろう。

 

残りを読み終えたら続きを書いてみたい。

10年前、10年後

日々新しいニュースや出来事が現れては流れるように消えて行く。

 

十年一昔と言うが、10年前もきっと同じようにニュースや出来事は流れていたはず。

 

 

10年前の出来事を知ろうとしたらどういう方法があるか?

 

例えば、『10年前の今日』

 

何があったか?

 

何が話題だったか?

 

 

・新聞の縮刷版を見る

 

・検索する

 

どちらもやってみた。

 

縮刷版は図書館で見ることが出来るが、

情報があり過ぎて焦点が定まらないし、

あまりおもしろくなりそうな気配がしない。

 

試しにtwitterでキーワードに日時を入力して検索してみたら、

新聞で見るとつまらない記事が活き活きとしてるように見える。

 

ちなみにこの作業を行ったのは5月19日。

10年前は2008年5月19日。

 

私の目に活き活きと映った10年前の今日の出来事は。

 

 

 

 

 

 

 

 

これはおもしろいかもと続けて2008年5月20日を検索すると、

面白そうな情報は何も出てこない。

 

2008年5月21日を検索すると、

 

 

同様の作業を繰り返しても、その当時旬の話題や一面を飾ったニュースよりも、

雑学的な出来事の方が、魅力的に感じられた。

 

そう考えると自分の中で、

最新のニュースの見方が変わりそうだ。

 

今現在は大きな注目を浴びていても、

10年後にはほとんどがどうでも良い記事になる。

 

10年後にも色褪せないニュースとは?

 

昨日今日のニュースの中で、

10年後に読んでも味わい深いかもと感じたニュースがこれ。

 

日大・内田監督の「かんさい学院大」は侮辱 関西学院大OB激怒/アメフット

「謝りに来て大学の名前を間違うとは失礼極まりない。50何年も定期戦をやっているのに…。きょうだけは間違えたらあかんでしょ。これは侮辱です」

 

最近一番盛り上がりを見せてる"日大アメフト事件"だが、

肝心の事件そのものはすぐに風化する気がするが、

謝罪で相手の学校名を間違えたということと、

そのことに対する世間の反応は極めて日本人的な気がする。

 

この感覚は、日本人のDNAに染み付いているかもしれない。

 

あるいは、テクノロジーの進化が著しい現代でも主役は人間であるということと、

問題が拗れる時は、

重箱の隅をしっかりガードしなければいけないという教訓のようでもある、

と言えるかもしれない。

 

こういう事は、チョットやそっとでは色褪せない気がする。

 

10年前の出来事だけど、今でもおもしろく感じるものは何だろうかと考えたり、

最新のニュースの中で10年後にも価値や魅力を感じるニュースとはどれだろうか、

という目でニュースを見ると新しい気付きに出会えそうだ。

 

"西城秀樹"という生き方

歌手の西城秀樹さんが亡くなられた。

 

詳しいことは検索すれば出るので触れない。

 

興味あるのは、多くの人がメディアやブログでその訃報に接して、

 

自身が西城秀樹さんから青春時代に受けた影響や想い出を語っていることだ。

 

知っている人が亡くなったと言うこと以上の反応に感じられた。

 

西城秀樹は、どこが特別だったのだろうか?

 

その一つにファンはもちろんのこと、それ以外に歌手や芸能人に与えた

モチベーション面での影響がある。

 

影響はとかく利害関係になりがちだが、"かっこいい"、"元気いい"、

"あこがれる"など、やる気に繋がる影響を与える人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有名人を見慣れてる人も違いを感じていたようだ。

 

 

 

 

西城秀樹が最初にやったとされるものもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西城秀樹さんは、広島出身だった。

 

 

 

 

しかし、「西城秀樹って誰?」と言う人も多いだろう。

 

 

 

 

二度の脳梗塞を経験した西城秀樹さんだが、最初の脳梗塞を起こす前の食生活は反面教師としてのメッセージと言えるだろう。

 

 

 

 

 

5月16日に63歳で亡くなられた西城秀樹さんに、もう1回だけ会うことが出来る。

 

 

西城秀樹さん、27日「ちびまる子ちゃん」登場

西城秀樹さんが27日放送のフジテレビ系人気アニメ「ちびまる子ちゃん」(日曜・後6時)に“登場”することが17日、分かった。

 

原作者・さくらももこさんが西城さんのファンで、原作やアニメに度々登場、エンディング曲「走れ正直者」も担当するなど関係が深かった。

 

27日放送のタイトルは「まる子、早めに衣替えをしたい」。主人公・まる子の姉が西城さんの熱狂的なファンという設定。まる子が駄菓子屋で「ヒデキの缶バッジ」を当てたり、姉が「ヒデキのドラマ」を見るために家路を急ぐシーンが出てくる。関係者によると放送は以前から決まっていたという。

 

さくらさんはこの日、ブログで「私達の世代にとって秀樹さんは本当にスターでした。心から御冥福を御祈りします」としのんだ。

 

 

 

合掌

 

"経済合理性" VS "人間合理性"

テレビを点けっぱなしにして

 

聞くともなしにニュースの解説を聞いていた。

 

扱っていたのは、このニュース。

 

福岡空港の民営化「地場連合」が運営へ 国交省が優先交渉権者に選定 「活性化策」が決め手か 2018/5/16

 

元官僚で現在大学教授の解説者がおもしろいことを言った。

 

「民営化すると、

 

儲けることを考えなければいけなくなる。

 

だから、

 

空港利用者の滞在時間を長くするように施設を変える。

 

福岡空港の場合だと、天神や博多などの中心地と対立関係を

 

作ることになりかねない。

 

空港単体では黒字になっても、

 

福岡経済にとってはマイナスとなることもある」

 

 

 

急にハッとした、「そういうことだったのか!」と思い出した。

 

いつの頃からか、高速道路のSA(サービスエリア)が、

 

旅行の目的地化したり、

 

こだわりのグルメの場になったりしていた。

 

この変化に、ものすごく違和感があったが、

 

なぜかを考えようとはしなかった。

 

しかし、ブログをやってるとこういうのはネタになるので

 

早速検索してみた。

 

2005年(平成17年)10月から四つの道路公団が民営化された。

 

これで、日本の主要な高速道路が民営化された。

 

 

こんな記事がある。

 

中日本で1番の「SAメシ」は? 各SAが腕を競う「メニューコンテスト」開催
2017.12.31

NEXCO各社が毎年開催している料理コンテストです。2017年12月20日には、中日本エリアの高速道路SAを対象とした10回目を数える「メニューコンテスト」が開催されました。

 

ちなみにGoogle Trendsで、"サービスエリア、グルメ"で検索すると

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小刻みなピークは長期休暇の月。

 

民営化後すぐにSAのグルメ化が行われたのではなく、

 

検討および準備に2〜3年掛かっていることが伺える。

 

民営化された高速道路は、SAに長時間滞在させるという戦略を

 

取っていたのだと改めて気付くが、当時は気付かなかった。

 

気付かないというよりも、興味がなかった。

 

興味がなかった理由は、自分とは無関係だと感じていたから。

 

しかし、今だと感じるのは、

 

「こういう変化は自分に無関係ではないぞ」という思い。

 

 

ネットが拡大させた通販市場などは民営化よりも影響が大きいはず。

 

日本の通販市場が15兆円を突破したと言われているが、

 

それってどの程度の規模なのかというと、

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https://www.webprofessional.jp/market-research-on-e-commerce/

 

 

 

このグラフを見てると、通販市場が上げた売上は、右側の市場から

 

奪ったものだと感じがちだが、実際には中小個人の地場事業者が

 

壊滅的になったと見るほうが正解だろう。

 

こうやって見ると、少数の大きな組織や企業が全てを独占する傾向

 

にあるように感じるが、それは企業や組織という単位で評価すること

 

に慣れているから、そういう見方をするだけだろう。

 

しかし、評価の軸は、完全に個人単位に移っている。

 

私が月給14万円の医局員から年収3000万円のフリーランス医師になった訳
筒井冨美:フリーランス麻酔科医

インターネットの発達も、医局衰退やフリーランス医師誕生の一因である。昭和の時代から大学医局は、医者と病院をマッチングさせるハブ機能を担ってきた。教授や医局長に逆らえば、当直のアルバイト一つ見つけることが困難になる。だから、医局員たちは服従せざるを得なかった。

 

ところがネットやら携帯電話が進化し普及した現代、医者個人が病院と直接交渉したり、医者同士が大学医局とは無関係な広域ネットワークを形成することが可能になった。

 

勤務医からフリーランスへの転身は、社会主義国から資本主義国への亡命のようなものである。

 

要するに「有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰」されるのである。

 

今や時代は、"身も蓋もない"方向に向かっているように思える。

 

かつて存在した奴隷という制度は、

 

権力者や支配者が働き手や労働力を必要とした場合、多くは農業

 

だったが、メンバーは固定化したほうが都合良かったため、

 

その囲い込みの手法として奴隷という制度が生まれたという説がある。

 

時が巡り、工業化の時代になると、

 

働き手に流動性があったほうが権力者や支配者にとって都合良くなってきた。

 

だから奴隷制度はなくなったという説につながっていく。

 

奴隷制度の廃止は、教科書が教えるような人道上の理由からではなく、

 

経済合理性の為せる業だったとなる。

 

このように考えると悩ましいのは、

 

「有能は厚遇、低能は冷遇、無能は淘汰」が進むと、

 

経済合理性は成立するだろうか?

 

極端な話、街にゾンビが溢れるようになるのではと心配になる。

 

 

そう思っていたら、こんな話に出くわした。

 

飲食業界の常識を覆す。
『居酒屋ガツン』が提示する“コミュニティ作り”ニューウェーブ

「すごくシンプルな考えなのですが、星の数ほど飲食店がある東京の中で、お店の価値を『料理』や『お酒』に置くと、きちんと修行を積んだシェフやバーテンダーに勝てないと感じていました。人材育成もうまくいかず、運営に限界を感じていたんです」

 

折しもその時、世間では牛丼屋や立ち食い蕎麦、ファストフードなどチェーン店での“ちょい飲み”ブームが巻き起こり、『安さ』も武器にできなくなった。

 

「いきなり始めたんですが、業者さんからお客さんまで『血迷ったの?』って全員に反対されました(笑)。でも、お酒の安さは量販店やAmazonさんに勝てないし、何より人が自然と集まってくる面白い仕掛けを試してみたかったんです」

 

寺本氏がこのコミュニティを維持する上で大切にしているのは、とてもシンプルなことだ。

「中学校の時とかにいつも嫌なことをする人っていたじゃないですか(笑)。いじめっ子みたいな。単純にそんな人を入れないってだけです。間口は広く、誰でもウェルカムで自由度は高いですが、『楽しもう』という気持ちを一切感じない方はお帰りいただくこともあります」

そのスタンスは、忌憚のない表現で記した「居酒屋ガツン!の楽しみ方」とルールを張り紙で配することで、新規客のお店への向き不向きが自動的に分かるだけでなく、お店を楽しむ人に安心感を与えている。

 

※下線太字は私が入れました。

 

 

経済合理性は独占に向かう。

 

独占する者は、最強のいじめっ子とも言える。

 

居酒屋ガツンのような存在は、居酒屋ガツンだけで終わるとしても、

 

経済合理性とは相容れない発想かもしれなくても成立するものは、

 

今後どんどん出てくるだろう。

 

 

人が集まる場を、経済合理性は『市場(マーケット)』と呼ぶが、

 

いじめっ子はイヤだと反応する人間合理性は『コミュニティ』と呼ぶ。