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 違う見方

独断と偏見による雑記、備忘録

日本のレコード業界は、コンテンツの生産ではなく切り売りをしてるだけ

日を置かずに出た二つの記事に、同じ匂いを感じたので取り上げてみたい。

 

最初はこの記事。

 

YouTubeで日本のMVの多くが海外から視聴できず 背景にはGoogleとの規約問題、国内レーベルの葛藤

動画共有サービス「YouTube」で日本の公式ミュージックビデオ(MV)の多くが海外で視聴できない事情がネットで注目を集めている。

 

国内音楽レーベルが販売戦略のために視聴制限を設けているという見方もあるが、背景にはYouTube側が自社の利益のために日本のMVを“お断り”している問題がある。

 

2015年の米TechCrunchの記事によると、「YouTube Red」の規約に署名した場合YouTubeパートナーに支払われる収益の割合は55%。これは当時の定額制ストリーミング配信サービス「Spotify」の70%、「Apple Music」の71.5%に比べてかなり低い数字になる。

 

 

金儲けのためにGoogleが収益の配分率を変え、日本のレコード業界がそれに反発し、海外のファンがそのとばっちりを喰ってるという記事に仕立て上げられてるようだ。

 

この記事のわかりにくさは、関係者の絡み方がややこしいからだ。

 

表面的には、Googleとレコード会社とファンの間で問題が起きているのだが、Googleの側には広告費を出してるスポンサー企業が含まれている。

 

そして、レコード会社の側には、コンテンツを作る社員ではない契約関係にある人がいる。

 

Googleとスポンサーの関係は外部から見ると一体だが、この両者は利害に関して対立関係でもある。

 

同様に、レコード会社とコンテンツ製作者は外部から見ると一体だが、利害は対立する。

 

ビジネスの問題の多くは、お客を巡って発生するが、この問題はお客であるファンが無視されたことで発生している。

 

更にややこしいのは、レコード会社からするとYou Tubeを見るファンはお客ではあるがお金を出してるわけではないので、今ひとつ大事にしないのだろう。

 

You Tubeを見る人が増えれば、CDが売れなくなるという被害妄想も膨らむのだろう。

 

一方コンテンツ制作者からすると、レコード会社がファンを大事にしてないと感じることは、巡り巡って自分たちが大切にされてないと感じるのだろう。

 

レコード会社は、今やファンとコンテンツ制作者の間を取り持つ仲介業にすぎないのに、かつてのようにファンとコンテンツを支配したいという思いが透けて見える。

 

 

 

もう1つの記事は、

 

「『DeNAのDNA』を持ち合わせていない者たちによって始められた事業」 DeNA、キュレーションサイトについての第三者委員会調査報告書を公開

  • 権利侵害記事は記事全体の1.9~5.6% 画像は74万件に問題
  • コピペ推奨マニュアル
  • クラウドソーシングサービスから採用されたライター
  • 記事単価の安さ
  • 記事に対するクレーム

 

 

昨年末から騒がれていた件の総括の発表だ。

 

内容的に新しいことが出てきてるわけではない。

 

しかし、You Tubeとレコード会社の問題に共通する臭いが感じられる。

 

 

コンテンツの収益を広告費として受取るビジネスモデルに企業が介在すると、コンテンツに接するエンドユーザーの存在をないがしろにするということだ。

 

そうなるのは当然で、エンドユーザーの顔が見えないからだ。

 

エンドユーザーの反応を理解できないから、コンテンツの良し悪しがわからない、客はコンテンツに集まるのではなく、アルゴリズムを活用し客をコンテンツに集める方が効率が良いと考えるようになったのだろう。

 

だとすれば、コンテンツに金をかけるのは効率的ではないという発想になる。

 

DeNAは、再開に向けて舵を切りたいようだが、社内にコンテンツを評価するノウハウ

 

が全くない状態からのスタートになる。

 

エンドユーザーは、感情を持った存在であることを考えると前途多難だろう。

 

 

 

誰でも価値を認めないものに、お金を払うのはイヤだ。

 

売ってるものであるならば価値を認めればお金を払うし、売ってないものならば払うのはお金でなくても良いが、言葉以上の行動があったほうが良いかも。

 

価値を認めてるのに、何も払わずに利用する人をフリーライダーという。

 

 

まちづくり関係者なら知っておきたい「オルソン問題とフリーライダー問題」解決方法!

今まで特に何も考えずに雪かきをしていた少年A。町内のみんなが「ありがとう、助かるわぁ」と声をかけていく。そこへ近所の若者Cが現れて話しかけた。

「A、えらいなぁ。にいちゃんも見習わんなんなぁ。毎日大変やろ?」

「いいえ特には。」

「こんな大変なこと毎日Aにだけやらせとるんは、にいちゃん気がひけるわ。町内のことなんだから当番制にしてみんなで交代でやろう。」

町内のみんなが集まる町内会で、その若者Cが「雪が降って大変だから、Aに任せっきりにするんじゃなく、みんなで交代制で雪かきをやりましょう!」

みんな快く協力してくれると思っていた若者Cだったが、町内の大人からは予想もしなかった言葉がたくさん返ってきた。

「Aが勝手にやっとることだから、わしゃ知らん。」

「毎日仕事に行かんとダメやから無理」

「腰が痛くて無理」

「誰も頼んでない」

今までは特に何も考えずに除雪をしていた少年Aだったが、こんな大人たちを見て一気に気持ちが冷めてしまった。

みんな「いつもありがとう、助かる」なんて言ってるのに、自分たちでは少しもやろうとしないんや...。

そんな人たちのために自分だけが何かやるなんてバカらしくなってきた。

もうやめよう...。

次の日から、Aは除雪しなくなった。

町の人たちは、毎朝自分たちで大変な思いで除雪をしている。

高齢者の家の前にはずっと雪が積もったままだ。

 

 

 

インターネットの普及は、コンテンツのフリーライドを促進したかもしれない。

 

どんな業界も最初は、善意に委ねてスタートするが、荒れてきたら、ルールが生まれる。

 

インターネットに強い規制は馴染まないが、ルールが必要だ。

 

法律が導くものではなく、アルゴリズムが導くルールが整う必要がある。

 

 

広告宣伝がエンドユーザーの気持ちと無関係に展開されてきた時代が終わりかけているかもしれない。

 

 

 



2014年当時GoogleのCEOラリー・ペイジが描く未来のためには、まだPCを始めとする必要なデバイスのスペックが足りないと語っている、それから3年経った現在、エンドユーザーとして接するITデバイスは大きく進歩してるようには感じない。

 

ラリー・ペイジは、Googleがやりたいことを実現するためには、コンピューターがユーザーを理解し、情報を理解する必要があると語っている。

 

もう少し時間がかかりそうだ。

 

ただ、ビジネスというゲームのルールは変わり始めている。

 

コンテンツの切り売りしか考えてないレコード業界と、コンテンツ制作者やファンとの距離は開くばかりだ。

 

今のままだと日本のレコード業界は消滅し別の受け皿ができるだろう。