違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

「とりあえず体を動かせ!」、そんな時代になってきた

日常生活ではあまり意識してないが、売られてる商品の多くが機械で作られている。

 

家電製品や工業製品になると原材料の入手の段階から人手の介入は最小限化されていて、手作り製品は趣味として存在するレベルだ。

 

農産物ですら機械化が視野に入れられてる時代になってきている。

 

機械が作るから、品質は安定していて、粗悪品の発生は少ない。

 

だからだろうか、そんな製品に対して感謝の気持ちはあまり起こらない。

 

だから求める価値が画一化してくる。

 

  • 最低限の質を満たしていれば安いもので良い

 

  • どんなに高価でも構わないが、相応しい希少性を持つこと

 

この2つの間には無数のグラデーションが存在するが、キーワードは価格だ。

 

いつの頃からか”オープン価格”というものが現れた。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/オープン価格

公正取引委員会によって、「15%以上の値引きが市場の 2/3以上で、20%以上の値引きが市場の 1/2以上で行われている場合は二重価格」という基準が設けられた(家電製品の二重価格問題)。

この基準に抵触しないよう、1990年頃から、電機メーカーが値崩れの激しい製品(主に生産を終了し、流通在庫のみが残る商品)に適用する事が多くなった。

 

 

 

最初に定価があるのに、安く買えることがあることを知ってしまうと、定価で買ったら”だまされた感”が強くなる。

 

価格というのは、原価を基準に介在する流通コストや人件費コストの影響を受けるという正当な理屈が働き決定されるように見えて、実は売る側と買う側の心理戦にも見えるので謎が多くなる。

 

 

落合陽一が語る、テクノロジーの進化とエンタメ市場の行方

落合:書籍の中でも“ブルーオーシャン(未開拓な市場)”の重要性を書きましたが、多様化社会が加速する今、各個人も違う方向へと進んでいくことが大切です。たとえば、液晶ディスプレイそのものを作るのはレッドオーシャン(競争の激しい市場)だけど、液晶ディスプレイを使って独自のブランド商品を展開していくことはブルーオーシャン戦略のひとつのやり方です。ひとつのパイを取り合うのではなく、パイを広げていくことを思考する。ジャンルの異なるクリエイター同士がコラボするのも、それと同じ意味を持つと思います。

 

落合陽一が語っているのは、モノは同じでも販売価格帯が変われば顧客セグメントが変わるので客の食い合いをしないということだろう。

 

そんな発言を受けるかのように下記のニュースが出た。

 

 

ドンキ4Kテレビ瞬速完売で家電メーカーが恐れるビジネスモデル崩壊

PBは小売りにとっては客寄せの目玉商品の扱いとなるため、メーカーとは全く異なる価格帯で製品を出すことができる。ようやく事業黒字化の糸口を探し当てた大手電機メーカーにとっては、先行き不安の材料が一つ増えたことは間違いない。

 

見出しの捉え方は、落合陽一の考えとは違い、市場の食い合いが発生してると捉えている。

 

どちらの見立てが正しいかは現時点では結果が出てない。

 

ドンキの4Kテレビを買った人は、セグメント的に4Kテレビを家電量販店で買う層ではないだろう。

 

問題は、家電量販店で4Kテレビを買う層の人の目にドンキの4Kテレビがどう映ってるかだ。

 

おそらく安かろう悪かろうを期待してるだろうが、残念ながら品質が悪いから価格差があるわけではない、いくつかの機能を除外し原価を下げ、流通の見直しで下げたコストが価格差なのだ。

 

除外された機能が必要な人やブランド名が気になる人以外は、自分の属するセグメントを変える可能性が大だ。

 

このように価格を気にしながら合理的な理由も求める価値観をコストパフォーマンスという。

 

コストパフォーマンスを求める人は、得やおまけを求めがちだ。

 

 

不正出品が相次ぐメルカリは「ソープランド型ビジネス」だ

「ソープランドで“本番行為”をしても違法にならないのは、たまたまお風呂に入りに行ったら、そこで女性と出会って恋をしてセックスをしたという“設定”になっているから。『そんな馬鹿な』と思うような無理矢理な設定が抜け道としてまかり通っていますよね」

 

ちなみに、ソープランドではソープ嬢は個人事業主という立場になっている。ソープ嬢が店側に雇われているとなると、管理売春となり店側が摘発されてしまうからだ。店側はあくまでも場所の提供だけで、一連のサービスは個人事業主である女性の判断により行われているという設定だ。

 

インターネットの普及が顕在化させたのは、以前は地下に潜っていた市場だ。

 

インターネットの普及前には見えなかった世界が見えるようになったので、ビジネスの多様性が拡大しているように見えるが、実際には落とし穴が増えているのだ。

 

今新たに顕在化している市場は、コストパフォーマンスを求める心にアピールすることを目指している。

 

一見間違っているようには思えないコストパフォーマンスを求める気持ちの行き場をどこに持っていけば良いのだろうか?

 

落合陽一はこんなことも言っている。

 

落合:機械との差別化という意味でも、今後は外れ値のような行動を取れる人が優秀とされていくでしょう。ただ、他人と違うことをするのは非常にリスキーなので、そのリスクを取れるだけのモチベーションを持っている人が、時代に求められるのではないでしょうか。

 

 

コストパフォーマンスを求めるというのは、積極的なように見えても受け身の行動だ。

 

機械との対比で人間を捉えると、人間の行き着く先は身体性になる。

 

合理性を求めると汗をかくことを嫌がるようになり、体を動かさなくなる。

 

一方、体を使った行動は、すべて能動的になる。

 

体を使うことに活路を見出す時代になってきた。