違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

「おばちゃんの実感」>「オッサンの理屈」

ただありのままを見たり記録したりするのが観察。

 

観察という言葉は難しくないが、行動としての観察はけっこう難しい。

 

昆虫や植物の動きや変化を見ることが多くの人にとっての観察だろうし、私もそうだった。

 

しかし、目のつけどころや見る角度を意識するようになると、客観的で中立な見方のつもりでも、主観的なものになってることを思い知らされることが多い。

 

このことは不愉快なことではなく、自分らしさがそこにあるのだろうと思えてくる。

 

人間観察というのがある。

 

電車に乗ってて何もすることがない時などに他の乗客をなんとなく見てる時に無意識のうちにしてるのが人間観察だ。

 

最近はストーカー問題とかあるから、人間観察はさり気なくやらなければいけない。

 

人間観察をしていて、幸せな人と不幸せな人をきちんと見分けることはできるだろうか。

 

世の中には、幸せなのに自分のことを幸せだと思えない人がいる。

 

反対に、大して幸せでもないのに”幸せアピール”に余念のない人もいる。

 

その違いを、観察だけで見抜けるだろうか?

 

 

 

 

「何に幸せを感じるか?」の答えは、性別や年齢でも違うだろうし、収入を含めた生活環境の違いもあるだろうし、国によっても違うだろうから、共通の答えが存在しないかもしれない。

 

検索すると色々出るが、理詰めに考えてる答えとしては下記のようなものが当てはまるかもしれない。

 

幸せって何!?本当の幸せを感じる4つのステップ

ステップ1.自分の感情を見つける

ステップ2.やりたくないことをやめる

ステップ3.やりたいことをやる

ステップ4.幸せに自然と気づく

 

 

しかし、成長を捨て、やりたくないことを辞めやりたいことをやるなかで、

幸せだなぁと感じている自分がいることに気づきました。

まだ「試したい」という気持ちが多い自分ですが、そこにある幸せもいいものだと感じます。

 

 

「幸せって何ですか?」デンマークが世界一幸福な理由を現地で有名な研究者に聞いてみた!

最初に「幸せには答えがない」と言ったのはそういうことです。バランスも何対何が一番幸せになれる比率だとかもありません。しかも、幸せって主観的な感情だから、捉えどころがない。デンマーク人である私が研究をしても、まだよくわからないんです。

 

理詰めに考えると、もっともらしいことがいくつも条件として挙がるが、それらを総合すると結局よくわからないとなるようだ。

 

これは日本の話だろうが、具体的に幸せとは何かを示してる。

 

人が幸せを感じる瞬間ベスト25!

夜ぐっすり眠るとき

涙を流すほど笑ったとき

朝、二度寝をするとき

好きな映画を観ているとき

好きな音楽を聴いているとき

ゲームに夢中になっているとき

美味しい食事を食べているとき

お風呂に浸かっているとき

昼寝をしているとき

最新巻の漫画を読んでいるとき

他人と何かを共有できたとき

思い出し笑いをしているとき

好きな飲み物とお気に入りの本を読みながら、ソファでまったりしているとき

仕事に行く日だと思って起きたら休みだったとき

好きな歌を歌うとき

マッサージしているとき

ショッピングを楽しんでいるとき

仕事の後にビールを飲んでいるとき

ヘアスタイルを変えたとき

趣味に打ち込んでいるとき

好きなアーティストのLIVEに行ったとき

お気に入りの服を着て出かけるとき

好きな人と一緒にいるとき

猫と戯れているとき

好きな匂いを嗅いだとき

 

 

大事なことは「気づく」ことです。

目の前に、足元に、いくらでも幸せは転がっているのです。

それに気づいた分だけ人は幸せを感じることができます。

 

 

 

誰もがテレビやネットやSNSを通じて世間の動きを見ながら、自分なりの距離を図っている、そんな時少し冷めた目で観察すると感じられることがある。

 

日本では老若男女問わず「オッサン化」が進行している。

 

「オッサンの理屈」vs「おばちゃんの実感」

「ああ、男の理屈は虚しい」

残念ながら、この世の中は基本的にオッサンの理屈によって支配されている。それは女性の権利や社会進出が比較的に進んでいるアメリカでも同じことだ。

 

 

東野圭吾は著書「片思い」の中で、「男」と「女」という性はメビウスの帯のように、強弱の濃淡を描きながら連続的につながっているから、男の中にも女性性があり、女の中にも男性性があると書いている。

 

世の中がオッサン化してるのは時代のせいだろうが、これは振り子が振れてるのと同じでいずれ逆に振れ始める。

 

振り子が逆に振れだすと、「おばちゃんの実感」が世の中を動かしだすのだろう。

 

そんな「おばちゃんの実感」を示す八策がある。

 

なかでも、維新の会の「維新八策」をもじった、「おばちゃん党はっさく」が“けっさく”だ。その内容を紹介しよう。

 

その1:うちの子もよその子も戦争には出さん!

 

その2:税金はあるとこから取ってや。けど、ちゃんと使うならケチらへんわ。

 

その3:地震や津波で大変な人には、生活立て直すために予算使ってな。ほかのことに使ったら許さへんで!

 

その4:将来にわたって始末できない核のごみはいらん。放射能を子どもに浴びさせたくないからや。

 

その5:子育てや介護をみんなで助け合っていきたいねん。そんな仕組み、しっかり作ってや。

 

その6:働くもんを大切にしいや!働きたい人にはあんじょうしてやって。

 

その7:力の弱いもん、声が小さいもんが大切にされる社会がええねん。

 

その8:だからおばちゃんの目を政治に生かしてや!

 

 

 

小さな子供がいると自然と気付くことがある。

 

自分の子供の幸せを考える時、せめて自分の子供だけでも幸せにと考えることがあるが、子供は友達も幸せでないと楽しくなれないということに。

 

自分の子供の幸せを望むなら、子供の友達も幸せでなければならない、そのためには友達の家族も幸せでなければならない。

 

結局、みんな幸せでないと幸せにならない。

 

おばちゃん目線の異議申し立ての運動は、いま、この世界にとって最も必要なものなのかもしれない。

 

振り子はもう逆に振れ始めてるかもしれない。