違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

生きることはギャンブル

一般には保険というのはリスクに対し、リスクが発生した場合の損害を金銭的に補填するものと理解されてる。

 

あまり自覚は無いかもしれないが、我々は権利を持っている。

 

そして権利と引き換えに義務を負っている。

 

保険の場合、”保険料を支払うという義務”に対し、”保険金を受取る権利”と理解してる人が多い。

 

しかし義務の中には「注意義務」というのがある。

 

注意義務には大きく2つがある。

 

善良な管理者の注意義務(善管注意義務

善良な管理者の注意義務(善管注意義務)とは、債務者の属する職業や社会的・経済的地位において取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意をいう。

 

 

自己のためにするのと同一の注意(自己の財産におけると同一の注意義務、固有財産におけるのと同一の注意義務)

行為者自身の職業・性別・年齢など個々の具体的注意能力に応じた注意

 

 

この注意義務を欠いた状態が「過失」と呼ばれている。

 

保険を掛ける場合の前提は、注意義務の履行だ。

 

保険の約款が分厚いのは、会社や保険種類による注意義務の内容やその取扱いが細かく記載されてるからだ。

 

当然ながら、注意義務の範囲内は事由が発生しても保険金は支払われない。

 

したがって、注意義務の範囲内は保険の対象にならない。

 

しかし、注意義務を負っているのは保険会社も同じであるので、契約が成立すると損得を巡って注意義務合戦をすることになる。

 

だから、保険金を受け取りたい契約者と保険金を支払いたくない保険会社という構図は永遠に続くだろう。

 

ところで人々は何に保険を掛けるのかということはよく話題になるが、どうして掛けるのかはあまり話題にならない。

 

1.自力で不測の事態に備えるのは大変だから

 

2.何が起きるかわからないから

 

3.皆掛けてるから

 

このような理由だろうと思われるが、この考え方は、保険の対象にならないことに関しても同様の目を向けるだろう。

 

 

そんな保険の対象にならないものの1つに「生き方」というものがある。

 

人生に保険を掛けた結果生まれた(生まれるかもしれない)という最近の話題を3つ上げてみたい。

 

 

「こんな生き方をしたい」に掛ける保険

 

あの先輩の悲劇が頭をよぎる!? 清宮幸太郎「早大進学」が不安視されている!

やはり頭をよぎるのは同じ学校の「偉大なOB」の末路!?

 

地方予選敗退早々ということもあって、清宮自身は「この先どうしようかは考えていない」とコメントしているものの、関係者によれば、大学進学が濃厚とされているようだ。

 

 

本命はメジャーリーグと考えられてる一方で、日本のプロ野球でも通用するかどうかわからないとも言われている中で、色んな策を弄してる噂話が聞こえてくるのが、保険選びに夢中になってるように見える。

 

 

 

こんな生き方をしたかったわけではないが、やりたいことをやることが保険になっていた。 

カラテカ・入江慎也が指南!「人脈力」を鍛える3つのキーワード

芸人としてはパッとしない僕ですが、実は「人脈力」や「営業力」をテーマにした講演やコンサルティングを様々な企業でしています。なぜ、そんなことができるようになったかというと、あるテレビ番組で元サッカー女子日本代表の澤穂希さんが「入江さんと友達なんです」と言ってくれたのがきっかけ。入江は意外な人脈を持っている! と話題になり、ついには「友達5000人芸人」としてブレークすることができたのです。

 

本命の芸能界ではパッとしなかったが、その経験と蓄積と本人の資質がうまくマッチングした好例で、同じ資質を持ってる人が努力すれば得られる結果ではないだろう。

 

本命のつもりの芸能活動が、見事に保険になったということだろう。

 

 

 

 

リスクを自分で取った人が、人生に保険を掛けてる人から妬まれて嫌がらせを受ける。

 

「農協を抜けるような協調性ない人は除草剤撒かれて当然」 うわぁ日本の闇だ

おそらく相変わらず農協に入ったまま利益を中抜きされている農家なのだろう。すぐ近くの寺坂農園が農協を抜けて儲けているのを逆恨みし、日頃から嫌がらせを行う。そしてついに除草剤散布に踏み切った。

警察と寺坂祐一代表はすでに犯人に目星はついているというから後は時間の問題だろう。6,600玉のメロンを全滅させた悪質犯は絶対に捕まえてほしい。

 

 

考えれば当り前のことなのだが、保険を掛けてる人の大半は保険金を受取ることはない。

 

大半が保険金を受け取るようになったら保険が成立しないからだ。

 

農協に入ってる農家は、生き方に保険を掛けた。

 

その理由は、保険金が受け取れると考えたから。

 

しかし、自分を含めて周りの農協に入ってる人は保険料を取られるだけ。

 

そんな時に、農協に入ってない人が儲けているのを知った時、保険料を払わないのに保険金を受け取っているように感じたのだろう。

 

 

 

 

保険という概念が最初に生まれた時、一番大事だったのは「互助」という考えであり、その思いを共有できたのは、加入者全員が心配事に対して”明日は我が身”と案じていたからだ。

 

ビジネスライクになった保険からは「互助」という気持ちが消え、損得しか残ってない。

 

保険を人々が求めるのは、心配事があることで生じる不安定さを安定に近づけたいからだろう。

 

保険会社は、自社だけでリスクを引き受けることを避けるため保険会社同士で保険を掛け合う、こういうことを再保険という。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/再保険

再保険(さいほけん; reinsurance)とは、ある保険者(保険会社)が危険(リスク)を分散したり、収益を追求したりするために、自己の保有する保険責任の一部または全部を他の保険者に移転し(出再保険)、当該他の保険者がそれを引き受ける(受再保険)する保険をいい、「保険の保険」なので「再保険」という。

 

世界中の保険の最終引受先はイギリスのロイズ

 

そこで行われてるのは膨大で綿密なデータに基づいてのギャンブルで、プレイヤーは投資家だ。

 

膨大で綿密なデータに基づくギャンブルと言えばプロ野球のドラフト会議を思い出す。

 

特別企画ドラフト1位で活躍する選手ダメな選手ここが分かれ目だった

「ドラフト1位というのは、才能があるはずの選手。でも、花ひらくかどうかまでは、30年スカウトやっても見抜けない。とどのつまり、活躍するなんて絶対の確証は、持てないんです」

 

 

つまり、安定なんてどこにもないということだ。

 

人間がが生きるということは、ギャンブルなのだ。

 

 

だから、努力より博才がモノを言う!

 

 

かもしれない。