違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

”普通”に宿る自分らしさ

有名人でこれほどイメージが変わった人も珍しいだろう。

 

コメディアンでデビューし、その後俳優になり、芸術家になり、今ではヨガの伝道師になり、その途中ではボクシングにも夢中になっていた。

 

それが片岡鶴太郎で、最近の記事がこれだ。

 

鶴太郎 3月に“ヨガ離婚”していた 1日4時間ストイックすぎる生活の末に…

1日にヨガを4時間行うなど、ヨガを極めた生活ぶりを明かすと、坂上は「ストイック過ぎる生活に家族はついてこられるの?」と驚き。この質問に鶴太郎の口から、「実は3月に離婚していまして…」と離婚告白が飛び出した。

 

この話を知って、何故か思い出したのがこの話。

 

超側近が明かす9年目の決断 爆笑・田中 離婚の真相

「直接の原因は夏美夫人にある。夫人は約5年前からランニングにハマり、趣味の域を超えるほどのめりこんでいる。フルマラソンは3時間30~40分で走り、月間走行距離は400キロを優に超える。ライフワーク…というよりはライスワークになってしまった。つまり病的なんです」

 

その他として夫人の不倫も挙げられてるが、心に生じた隙間を埋めようと体を動かしていたら、思った以上に夢中になりハマってしまった様が浮かぶ。

 

鶴太郎にも似たものを感じる。

 

俳優としての鶴太郎は、いい味を出していてどのドラマも好印象だが、視聴者だけでなく本人も思い入れたっぷりだったのが『季節はずれの海岸物語』だろう。

 

渥美清の死後、現代版寅さんを目指し、ライフワークにするつもりだったらしいが、レギュラーメンバーだった”可愛かずみ”と”古尾谷雅人”が自殺し、同じくレギュラーメンバーだった”田代まさし”も盗撮や覚醒剤でおかしくなった。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/季節はずれの海岸物語

番組完結から20年以上経過した現在も、あちこちのサイト(主に掲示板など)で「DVD化してほしい」といった書き込みが後を絶たず、このドラマの人気をうかがい知ることが出来る。しかし、劇中で使われるサザンオールスターズや松任谷由実などの楽曲の著作権問題をクリアするのは容易ではない。また、ドラマの中で中心的な役割を担っていた田代まさしが盗撮や覚醒剤などの様々な犯罪を犯した事や、可愛かずみや古尾谷雅人が自殺したということもあり、今後ソフト化するのは困難であろう。

 

鶴太郎の心に大きな隙間ができてるであろうことが想像できる。

 

その隙間を埋めようと自分自身に向き合ってるうちに、ハマり過ぎてしまったように見える。

 

 

現代における大きなテーマの1つが「美」だ。

 

男も女も美しくあろうとする人が増えている。

 

そのうちの一部が、元から美しくなければいけないと考え、ストイックに体を鍛えている。

 

筋トレ女子が今熱い!

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この筋トレ女子の行動や、鶴太郎や、爆笑問題田中の元妻の、一見ストイックに見える行動は、上昇志向にも見えるし、自分らしさという独自性の追求にも見えるが、そうすると排他性が生まれたり、息苦しさが生まれたりする。

 

しかし、今夢中になってる人達は”好きだから・楽しいから”続いているのだ。

 

ここに時代の変化が出てきてる。

 

他人から見ればストイックなのだが、本人は”普通”のことをしてるだけなのだ。

 

そういう変化が起きてることを佐々木俊尚は著書『そして、暮らしは共同体になる』に書いている。

 

『そして、暮らしは共同体になる。』「ゆるゆる」という新スタンダード

言われて見れば、いつの頃からか「普通に美味しいよ」とか「普通にオシャレだよ」などと、「普通」という枕詞の中に褒め要素が含まれるようになってきた。この「普通」の意味をさらに深く掘り下げ、今まさに新しいスタンダードが登場しつつあることを全編を通して明らかにしている。

 

佐々木俊尚の生い立ちは、なかなか過酷で、自身は「愛を知らずに育った」と語ってる、だから自分の周りで起こる変化に敏感になるのかもしれない。

 

佐々木俊尚(後編)「『無償の愛の交換ができない』からこそ、居心地の良さを希求して、適応する」

愛とはなんだろう。佐々木にとって愛とは「幻想かもしれないけれど、意識的に構築可能なもの」だ。

 

「サッカーでボールを追いかけるのではなくて、黙々と歩く。八ヶ岳を登るように、四国八十八ヶ所を歩いたように。時々、衝動的に動いてしまうことも有るから、その感情じたいを否定するわけではないけれど、できれば、これからも“組み立て的”に生きていきたい。それが自分の獲得した生き方なんだ、って」

 

 

何かを手に入れようとするが、手に入らない時、心に隙間が生じるような気がする。

 

そんな隙間を埋められるのは、”普通”に夢中になれることかもしれない。

 

他人から見ると変でも、自分らしさがあればきっと”普通”になるだろう。

 

 

PS

しかし鶴太郎は、昔ひょうきん族で近藤真彦のモノマネをしてた頃が一番好きで、久々に見たくなりYou Tubeを検索したが全部削除されてるみたいだった。