違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

大事なのは『味』!

事あるごとに、自然と”中身で勝負”と強く思うことがある。

 

しゃべり言葉として使うことが多そうに感じる”中身”という言葉だが、その意味するところは曖昧なまま使うことが多い。

 

表面的な字面を追っかけるのではなく、行間を読み、深くに隠れたものを読み解き、時には裏側を読むようなことを意味したり、面接や懇親の場で体裁の良いプロフィールに対抗する、簡単には伝わらない良さを意味してるつもりで使う。

 

そう身構えるのは、暗黙のうちに、体裁の良いものに負けるかもしれないと思うからだ。

 

こんな風に感じ始めた最初のキッカケは、選挙ポスターだ。

 

いつの頃からか、テレビで見ると人相の悪いオッサン候補者が、さわやかな笑顔でポスターに写るようになってきた、肌の色艶まで変えて。

 

ムラムラした時に男性がイクお店と選挙ポスターの意外な共通点って?「写真と違う!」

きみ、写真と違くない!?そんな選挙ポスターに対し、有権者の47.3%が「あること」を感じているそうです。それは、政治家は選挙ポスターの顔写真を修正しすぎているのではないかということ。実際に修正が施されているかは別にして、修正されているように感じている人が約半分もいることは有権者の声として看過できないかもしれません。

 

最初は、オッサンのくせに外見を気にするなんてと笑い話に思っていたが、20年位前に当時吉本興業で常務をしていた木村政雄さんの話を聞く機会がありその中で、「現代人はテレビの影響を受けて、情報を処理するようになっている」と言っていたのを聞いて目からウロコの心境になった。

 

テレビの影響とは、そこで伝えられてる内容は二の次で、映像としてどうだったかという印象だけが残るということだった。

 

報道番組の場合、ニュースの内容よりも、キャスターの顔や服装の方が印象に残りやすいという話だった。

 

だから、テレビの世界で活躍するためには、”かっこいい”、”きれい”、”かわいい”、”ブサイク”が重要らしい。

 

現代のテレビは、誰が出るかで、結果がある程度決まるという流れができあがったのだ。

 

そんなテレビというビジネスモデルは、衰退してると言われてるがまだ大きな影響力を持っているので、その構造を知ることは意味がある。

 

 

日本のドラマがこの10年で急速につまらなくなった、本当の理由

一部を除いて日本のテレビドラマは日本国内での視聴率獲得、ひいてはスポンサーからの資金獲得しか念頭になく、二次利用といっても再放送、あるいはDVD販売しか考えていない。そのため、内向きになりがちであるという。「まず広告代理店がスポンサー企業から金を集めてくる。そこから広告代理店とテレビ局の取り分を抜いた残りが製作費となる。芸能プロダクションの仕事は、その制作費をいかに『むしり取る』か、ということになっている」「むしり取る」とはつまり、自社所属の俳優を1人でも多く起用させることである。

 

 

 

「一番の問題は、キャスティングの主導権がテレビ局でなく、大手のプロダクションにあること。芝居が出来るか、出来ないかなんかどうでもいい。このタレントでこういうストーリーで行きたい。いわゆるプロダクションによる『行政』で決まっていく。BSのドラマが顕著なんだけれど、一部の大手プロダクションの息の掛かった俳優ばかりキャスティングされている」

 

 

大手芸能事務所に支配された「平成テレビドラマ全史」

テレビドラマの場合はとくに、作品を監督や脚本家のものにしたくない、テレビ局のものにしたいから、わざと各話で違った監督、脚本家を使う。昔は石原プロダクション、勝プロダクションといった制作会社がドラマの権利を持っていた。今は、制作会社は単なる下請けで、権利は全てテレビ局が持っている。テレビ局の力がどんどん強くなって、指示通りに従わないと下請けから外される」

 

 

芸能プロダクションと制作プロダクションという2種類のプロダクションが存在するのがややこしい。

 

 

図で示すと下記のようになるのだろう。

 

その時々で、各プレイヤーの力は変動するだろうが関係性は簡単には変わらないだろう。

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画像引用はここから:http://sarustar.blog.jp/archives/50948003.html

 

 

現在、どんな番組を作れば良いのかがわからないテレビ業界に対し、何を見たいのかわからない視聴者になっているように見える。

 

NETFLIXやhulu周辺の数字を見て分かったことは、「日本人は美男子か美女しか見ない」ということ

数字を取れるキャストに数字を計算できるテーマを組み合わせられるだけの資本力や企画力がないテレビ局は沈没するでしょうし、40代後半から下の世代は特に本格的なテレビ視聴離れを起こし始めることでしょう。

 

番組のクオリティ、視聴者の反応は、もはや視聴率とは無関係になってきています。留意点は2つあって、1つは「それまでは明確に視聴者の満足度が数字に跳ね返っていたものが、いまやそこまで因果関係が見えなくなったこと」、2つめは「地上波など無料メディアで話題になったテーマやタイトル、キャストは、必ずしも有料番組やネット配信で数字を取らないこと」です。

 

 

 

求められるのはルックスの良さだけではない。

 

”リア充”や”インスタ映え”など体裁の良さを競い合う動きも目立つようになってきた。

 

 

時代は”中身の良さを求めてる”という結論に結びつけたくて書き始めたが、時代は中身を求めてないという結論になりそうだ。

 

中身がどうでも良いのではなく、機械化や自動化そして高度なプログラム制御が浸透普及し、人間が中身を高めても活かせる状況がどんどん減っているのかもしれない。

 

 

結局のところ「人は顔で判断されている」ことが科学的実験であきらかに!

「人は顔じゃない!」などとは申しますが、近ごろプリンストン大学から出た論文によれば、結局のところ、人は顔で能力や性格を判断されている面が大きいらしい。

 

 

『結局、顔かよ!』は、あまりにも残念なので、

 

主役よりも印象的!? 若手俳優「名脇役!」TOP10 2017.02.02

 寄せられたコメントから浮き彫りになったのは、存在感はもちろんのこと、芝居に「味」があるかどうか、ということ。つまり、演技力に裏打ちされた印象の強さを、それぞれが持ち合わせていると言える。

 

 

これだ!

 

大事なのは「味」!

 

 

以下余談

 

顔が重要な要素になってることがわかったので、『整形』にフォーカスしようとネタを集めたが、話が脱線しまくりで収拾が付かなくなりそうだったので、脇役や悪役出身の俳優がキャリアを積むほど顔が魅力的になることに活路を見出そうと考え「味」に行き着いた。