違う見方

見方を変えると目からウロコが落ちるかもという独断と偏見による雑記、備忘録

『人には添うて見よ馬には乗って見よ』

「良い悪い」のどちらを選択するかと問われれば、「良い」を選びたいのは当然なので、ビジネスの場では良いと判断してもらえるように理詰めに展開されるが、実際の現場では、「良い良い」あるいは「悪い悪い」の中から選択を迫られるケースが実は多い。

 

中身は同じだが、ほんのちょっと見え方が違うだけで評価がぜんぜん変わる場合がある。

 

男女の理想がどれだけ違うか一瞬でわかる比較画像
石原さとみさんに、本田翼さん、有村架純さんなど…。男性誌と女性誌でこんなに違っていました。 2017/10/15

みんな大好き石原さとみさん。こちらは女性誌「mina」と男性誌「smart」の表紙です。どちらもかわいいですが、なんだか雰囲気が違いません?「smart」に出てくる石原さとみさんは、チークもほとんどしてないし、ふわふわ感が全体的に消えている。男性誌と女性誌でこんな変化があるとはビックリです。

 

どちらが好きかと同性や異性の好みを問われたら、ほとんどの人が自分の独断と偏見で選ぶだろう。

 

しかし、どちらと付き合うかという選択を迫られたら、いろいろな煩悩が湧いて、自分以外の誰かに意見を求めるかもしれない。

 

 

中身が同じではないが判断材料が多いという意味では、株に投資するなんて言うのも似てるかもしれない。

 

この場合、選択してるのは2つだ。

 

  • どの銘柄を選ぶか

 

  • 売り買いのタイミングをいつにするか

 

この場合も、誰と付き合うかの場合と似ていて、儲けたいという極めてパーソナルな欲望を満たすのに、他人にアドバイスを求めたりする。

 

しかしこの場合、「本当に儲かる銘柄と売り買いのタイミングが分かるならば他人に教えるわけがない」し「そもそも分かるのか?」という禅問答が頭のなかでは繰り返されるだろう。

 

だから投資の世界には、自己責任という考えがある。

 

「投資は自己責任」はプロの責任放棄
金融発「顧客本位」の波は不動産に届くか

金融各社は今、それぞれ「フィデューシャリー・デューティー宣言」を打ち出し、実態もそれに合わせて変えていこうとしている。それは、素人に対して「情報格差」を利用して儲けることはしないという決意の表れでもある。不動産業界にもその波が及んで初めて、日本の資産運用ビジネスが健全化したといえそうだ。

 

投資という勝負事の世界でもイコールコンディションが求められてるようだが、本来イコールコンディションが大前提のスポーツの世界ですら、ルールや用具、トレーニング方法や食事を巡って水面下で”より有利”を得ようと色々な動きが続いている。

 

 

ビジネスの世界の3大モチベーションは、「収入」、「地位」、「周囲の賞賛や感謝」の要素だと言われてる。

 

昔は、成功や出世は、この3つを同時に得るものだったが、今はこれらの3つは両立するほうが少ないかもしれない。

 

収入と地位は、比較的結びつきやすいが、周囲の賞賛や感謝には結びつかないことが多いような気がする。

 

東日本大震災が発生するまでは、収入と地位にこだわることを選択することが多かったような気がするが、最近は、周囲の賞賛や感謝を得ることが、収入や地位より関心の上位に位置するようになっていて、生き方の選択も変化してるように感じる。

 

 

選択肢があることは素晴らしいというのは、封建的な”従うことを強制する”考えが反対側にあるからだろう。

 

選択肢があり、その中から好きなものを選べることを自由と呼ぶが、この自由が時々パンドラの箱に最後まで残っていた罪悪である「希望」と似てるような気がすることがある。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/パンドーラー

パンドラの箱の物語は多分に寓意的である。特に箱に残ったエルピスをどう解釈するかで物語の理解が分かれる。古典ギリシャ語のエルピスは、「予兆」とも「期待」とも「希望」とも訳され得る。ちなみに、英語圏ではエルピスは「Hope」(希望)と呼ばれている。

 

子供の頃に思い描く自由は、何をしても許されることだと思っていたが、大人になってわかったのは、選ぶのは自分であるというのが自由を意味し、これは他人が選んだことに従うという封建的なものの反対に位置する。

 

自由に選択して始めたことは、自由に終わらせることができる。

 

生き方や仕事や遊び、そして人間関係も自由だ。

 

このことが悪いことではないのはよく判った上で、自由になった結果、”長続きしない”文化を作り上げたような気がする。

 

"小中学校の友人"なんてクソみたいなもの

【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」

 

・子どもには、きれいごとではなく、人間関係の現実を教えるべきだ。

・小中学校の交友関係など、長い人生においては大して重要ではない。いじめてきた相手は容赦なく反撃してもいいし、学校から逃げてもいい。

・居場所はいまいる場所以外にいくらでも見つかるし、本当に大切な人だけ大切にすれば、きっと幸せになれる

 

 

 

結婚が恋愛結婚が当たり前になったら離婚が増えたように。

 

離婚することや友達関係が続かないことが悪いと言いたいわけではなく、そういう選択を簡単にできるようになっている、ということが言いたいこと。

 

今日こんなことを書いてみようと思ったのは、NHKの朝ドラ「わろてんか」でこんなシーンがあったから。

 

主人公てん(葵わかな)の母(鈴木保奈美)が父(遠藤憲一)の第一印象が良くなかったのに、どうして結婚したのかということを答えるシーンで、祖母(竹下景子)から「人には沿うてみよ」と言われたからと答え、「その言葉に従って良かった」と答える。

 

自由に人間関係を選択できるようになると、小池都知事のように「排除します」と人間関係を整理したり、されたりする。

 

小池百合子をリセットした「排除」発言 引き出したジャーナリストが語る真相

小池氏自身も10月13日に出演したテレビ番組で「きつい言葉だった」と悔やんでいる。

 

横田氏がこう振り返る。

「小池氏には、会見場は自分のフィールドだという油断があったのかもしれませんね。結果的に小池氏のホンネが早い段階でハッキリしたことで、枝野幸男氏らの立憲民主党の結党が公示前に間に合ったのは良かったのかもしれません」

 

 

この発言の後、小池都知事が率いる「希望の党」は一気に支持を失いだした。

 

 

私自身にも思い当たることが多いので、自戒の念を込めて書いてみた。

 

 

 

選択肢に加えたいのは、

 

『人には添うて見よ馬には乗って見よ』