違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

新しいテクノロジーを活用し"ながら"効率を上げる!

一見、新しいテクノロジーを活用し、新しいブームを仕掛けているように感じたのが、下記の話だ。

 

エアロバイクし「ながら」VR。テクノロジーでフィットネスに大変革が起きてる K.Yoshioka

 

キーワードになりそうな部分を引用すると、

 

もっと「楽」な気持ちで、「楽」しくフィットネスしたい

エクササイズバイクと連動したVRゲームを使って楽しくエクササイズしようぜ!というもの。

 

 

VRとフィットネス、ちゃんと混ざり合えばその効果は2倍。夢中になれななるほど、10分のつもりが20分に、20分のつもりが40分に、時間を忘れてフィットネスできるのです!

 

 

 

フィットネスとゲーム性のバランス感は「50対50」と言っていいほどのちょうどよさを感じました。

 

フィットネスといえば自分を追い込む印象ですが、今後テクノロジーによってエンタメの一つになったりしてね。

 

 

この話は、私には複数の要素が重なる三種類の話に感じられた。

 

一つは、フィットネスをする時間を同時にエンタメを楽しむ時間にできるという意味で、別々にやる場合に比べて"時短"や"節約"になるという捉え方。

 

二つ目は、本来の目的はフィットネスでそこに集中することが求められるのだが、おまけのVRを追加することで集中というか"のめり込み"の度合いを強めることができるという意味で"生産性"や"効率"を高めるという捉え方。

 

 

三つ目は、目標や課題をこなすということは、本来ストイックさが要求されるが、それを遊びながら楽をしながらも高いレベルを実現するという"ながら"の話としての捉え方。

 

これらの言葉は、キーワードとして機能してるだろうか?

 

 

Google Trendsでまず"時短"と"節約"を検索可能な2004年以降で調べてみると、

 

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21世紀の日本は、ここまでのところずっと節約を意識してることが伺える。

 

これに、"生産性"と"効率"を加えて比較すると、

 

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ビジネスの世界では、結構注目されてるのが"生産性"だが、こうやって比較すると限定的な印象で、同じニュアンスでも世間に広く浸透してるのは"効率"だという印象を受ける。

 

では、これに"ながら"を加えると、

 

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先入観では"ながら"とは、中途半端を意味することが多そうだが、現代では効率よく行動するために複数の異なる作業を同時にこなすマルチタスク的なニュアンスがありそうだ。

 

ケースバイケースではあるだろうが、"ながら"を取り入れるという選択肢はあった方が良さそうだ。

 

 

 

この話のスタートは、VRという新しいテクノロジーの活用が肝だったのだが、新しいテクノロジーを活かす場合、大事なことがある。

 

 

「職員ブラボー」──西日本豪雨被害、東広島市が公開した道路通行止め情報に称賛の声 「Googleマップ」活用で 担当者に聞いた

「利用者が最も求めている形態が外部サービス利用により実現できるならば、利用を制限すべきではないと考えます。ただし、取り扱う情報の種類によってはセキュリティなどについて検討は必要です」(酒井さん)

 

 

 

新しいものの良さは、使わなければわからない。

 

使って、初めて分かるのが、新しいものの良さだ。

 

新しいものを受け入れる時、禅問答のようなハードルが自然とできる。

 

人よりも早く、新しいものを受け入れることができるのは、これからの時代には必須の才能となりそうだ。

 

顔が大事!

記事の見出しやタイトルに、芸能人や有名人の「〇〇が劣化!」というのを見かけることが多く、いつか題材として取り上げたいと思っていたが、切り口やテーマをうまく設定できずにいた。

 

そして、今日また同じような記事を2つ見た。

 

 

劣化しやすい顔立ち、3位は上戸彩! 意外な1位は…高須院長が判定 女子SPA!

忘れられない鼻=劣化リスクのある3人は誰?

3位 上戸彩

2位 竹内結子

1位 小雪

 

患者さんにもよく言うんだけど、美人は秀才だけど、ブスは天才。印象に残らない美人より、忘れられないブスを目指すのも、僕としてはすごくアリだと思いますよ

 

 

浜崎あゆみ、「違和感しかない…」家族とのプライベート写真でまたも修正疑惑

 

 

 

これまでと違い、なんだか切り口がありそうな予感がしてきた。

 

だって、Google Trendsがあるんだもん!

 

まずは、"劣化"で検索してみた。

 

期間は、検索可能な2004年以降で、

 

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面白いのは、関連キーワードだ、上位25が表示される。

 

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"劣化"というワードは、ほぼ芸能人に対して向けられている。

 

 

劣化はブスにつながるとすれば、"ブス"というワードにも大きな反応があるはずだと思い調べると納得の結果が得られた。

 

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では、これに"美人"を加えるとどうなるか?

 

こうなりました。

 

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"ブス"や"美人"という言い方は、女性に向けられてるような気がするが、現代はユニセックスの時代なのでおそらく男性にも当てはめられてるであろうと思い、"イケメン"を加えて検索すると。

 

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"美人"や"イケメン"をどう定義するかという問題はあるだろうが、多くの場合外見やルックスを意味すると思っていいいだろう、拡大解釈しても振る舞い方くらいだと思われる。

 

では、どうやって"美人"や"イケメン"を目指すのか?

 

悩み事や関心事の比較標準として"健康"を用いて比較してみた。

 

美しさを求めるために行うのは"美容"かなと思い比較すると、

 

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面白いのは、美容は健康よりも関心度が高く、上昇中なのだと分かる。

 

では、美容では手の届かない領域を目指そうとする"整形"を加えて比較すると、

 

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なんと、美容とリンクするような動きを見せ、健康を上回る勢いなのだ。

 

外見をよく見せるものには、"ファッション"もあるので加えて比較すると、

 

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これまた、密接に関係してると感じられる。

 

これは、ひょっとするとやっぱり一番大事なのは"顔"なのかな?

 

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やっぱり、顔が大事なのだ。

 

そのためには、"美容"に余念がなく、時には"整形"も厭わない、いや厭わないと言うよりも、もっと積極的に"整形"を利用するのが現代なのだとわかった。

 

整形は今や秘め事では無くなりつつあるのかもしれないし、あまりにもポピュラーになったがゆえに、あらぬ噂をたてられることもあるようだ。

 

 

 

以前、高須先生がこんなことを言っていたのを思い出す。

 

おじさんのプチ整形で最もポピュラーなのが「シワ取り」。

 

外見が少しでも若く見える方が、仕事上でも良いことが多いという考え方は、おじさんの間にも浸透していてもその料金がハードルとなるが、女性が美容院代にかけてる費用に比べたら、トータル額では遥かに安いと勧めていた。

Twitterの偽アカウント削除について

ツイッター社が、ロックされたアカウントをフォロワーに計上しない、つまり削除という作業を、今日(7月12日木曜)から始めたらしい。

 

私には関係ないこの話題が、タイムラインで多く流れてるので、世間の様子をツイッター検索で探ってみた。

 

削除されるアカウント数は、

 

 

全体で数千万のアカウントが削除されると、実際にはどういう影響が出るのだろうか?

 

ツイッター社は、こう見てる。

 

 

これに、もう少し分析をプラスすると、こんな意見になるらしい。

 

 

 

実際に下がったと実感してる人を探すと、

 

 

そもそも偽アカウントとは?

 

 

ところで偽アカウントって何のために作るのだろうか?

 

 

やっぱり、王道を行くのは隠れてコソコソ行動するためだと感じるが、問題になっているのはこういうのではないだろう。

 

 

私には、いまいちよくわからないのがbotと言われる種類のもの。

 

今回の削除の対象にもなってるらしいが、botが目の敵にされるキッカケの一つが2016年のアメリカ大統領選挙にあるらしい。

 

今回の措置は、全世界に及んでいるようだが、一足先に今年の2月にアメリカではbotアカウントの削除を行っていたようだ、やっぱり政治的な理由は大きそうだ。

 

 

ツイッターをビジネスに活用し始めた頃は、"楽して儲かる"がキーワードで、そのためにbotを活用するようになったらしいという話が下記で2011年に書かれたものだ。

 

フォロワー1人165円は得か損か。ツイッターボットと都市伝説
ツイッターで楽して儲けることができるか、通販サイトでボットを使った集客に挑戦しました

ツイッターボットを否定しているのではありません。工夫もなく垂れ流す、すなわち「楽して」も得られる果実は少ないということです。

 

フォロワーを集めるのは、売上を効率よく上げたいという目的のためだったのが、やがてフォロワー数を増やすことが目的化して今に至っている。

 

その結果、フォロワー数が多いことを高く評価するビジネス論が展開されるようになり、フォロワー数が多い人はインフルエンサーと呼ばれるカリスマに祀り上げられるようになった。

 

多くの人が、半信半疑ながらもフォロワー数は一つの尺度として機能するようになっている。

 

 

ところで、偽アカウントを削除するということは、良いことであって悪いことではないように思えるのだが、

 

 

 

もしかしたら、経済も政治も後ろめたい理屈で動いているのかもしれない。

最後に笑うために!

twitter検索で遊んでみた。

 

 

売れなければクズだと最初に言われるのは営業マンだが、やがてその商品やサービスもクズ呼ばわりされるようになる。

 

 

売れなければ屑だと言われるのが営業マン(パーソンと言ったほうが良いのかな?)だが、そんな営業マンと似た職業は何か?

 

 

 

今日の答えは小説家という話。というか、そう感じるツイートの数々を集めてみた。

 

小説家のメンタリティは営業マンそのものだと感じた。

 

 

 

  

上記のツイートは皆小説家の方で、小説家にとっても、売れるという事はとても大事であることが分かる。

 

営業マンは、売れなければ商品のせいにすることができるし、実際に転職して商品を変えたら売れるという事例はある。

 

 

ちょっとした違いが大違いという結果につながることもある。

 

 

売れなければ困るのは、小説家だけではなく本屋さんもだ。

 

だから、両者の利害は一致する。

 

 

営業マンにとっては、商品と自分は一体ではないが、小説家にとっては自分が書いた小説と自分は一体のはずだ。

 

 

小説家という仕事は、内容に関しては基本自分ひとりで完結する。

 

つまり、好きなように自由に書くことができる。

 

小説に限らず、一人でできることの魅力は、売れたければ、売れるようなことをすれば良いだけ、それを一人で追求できる点が良い点で、悪い点はその結果に対して全く言い訳ができないことだ。

 

 

どんな仕事も、結局同じらしいとわかる。

 

 

では、どうすればよいのか?

 

桂小金治さんの下記のことばを伝える人が大勢いるが、検索した範囲で最初につぶやいたらしいのがこれだった。

 

 

少し違う気がするのは、昭和的な表現の仕方のせいだろう、同じ意味合いで違った表現は無いものかと検索すると、

 

皆が、売りたがってるし、売れたがっている、しかし、そのことに直接の答えはなさそうだ。

 

 

最後に笑う者が最もよく笑う!

 

最後まで生き残った(続けた)者が勝つ!

 

 

という諺らしき言葉があるが、では、最後まで続けるためにはどうすれば良いか?

 

 

殺し合いをしていた時代だから当たり前だと思うと、勘違いをする。

 

負けても死なない、何度でもやり直せるという気持ちが、チャレンジと無謀の境界を曖昧にする。

 

続けるためには、「場」と「相手(目標)」を設定する必要があり、そこで「場」と「相手」を変えながら生き残ることが大事で、目先の勝ち負けに一喜一憂する必要はない。

 

ふと、自分が生き残っていることに気づけたら、きっと笑いが出てくるだろう。

被災者の本音!?

今回の大水害は、気象庁が「平成30年7月豪雨」と命名した。

 

今回の被災で大きな注目を集めたのは、岡山県と広島県だ。

 

広島県は、4年前にも水害を経験しているが、広島も岡山も災害の少ない県として知られており、県民の多くもそういう実感を持っていたらしい。

 

両県での死亡や行方不明者が多かったのは、災害慣れしていなかったからとも言えるし、いつどこで誰の身に起きても同じような結果になったかもしれないとも言える。

 

そこで、Google Trendsを使って、検索のされ方から人々がどのように反応していたかを探ってみた。

 

何のエビデンスもなく、私の主観と偏見に基づくものになるので、とんでもなくピント外れなことを言い出すかもしれないので、そこは読む方の賢明さで修正して欲しい。

 

キーワードとして選んだのは「雨」「大雨」「水害」「洪水」「避難」の5つ。

 

期間は、7/3〜7/10の1週間。

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7月5日に「雨」「大雨」ともに上昇を示す、これ以降「雨」の話題は「大雨」になっていった。

 

そして、この時点までは雨の話題は北部九州を中心とするものが多かったのだが、広島県のHPを見ると7月6日には多くの地域に土砂災害警報が出されている。

 

「大雨」に関してのインタレストが高いのは被災地近くでは1位高知県、4位島根県となっている。

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広島県は11位で、岡山県は46位、大雨で危機に瀕していた京都府が47位で最下位だった。

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「大雨」が、「水害」や「洪水」になっていくと、被災の当事者や被災する可能性が高い人々は、検索などしてる場合ではなくなるだろう。

 

「水害」に関しては、岡山県が7位、広島県は28位だった。

 

「洪水」に関しては、岡山県が4位、広島県は34位だった。

 

一足早く被害が出始めたのが広島県で、だから検索などしてる場合ではなかったのかもしれない、それに対し、広島で被害が出始めた当初は、岡山の人々は少し余裕があったのだろうと思える。

 

被災の危険が高まると、命の危険に晒される、そうなると避難の必要が出てくる、「避難」で検索するのは当事者の割合がグンと増えるだろう。

 

上位は、避難の必要があった当事者ばかりになる。

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被災の可能性が高まると、自治体からのエリアメールなども出され、避難場所の連絡が入る場合も多いので、そういう人はわざわざ検索するまでもない。

 

検索するとすれば、避難してるであろう身内や親しい人を探していた人々かもしれない。

 

当事者にならなければわかりづらいが、避難するということは、家を離れるということで、ともすれば家を見捨てることにつながる。

 

これが心理上の大きなハードルとなる。

 

だから、避難は強制することができない、あくまでも自主判断に委ねられる自己責任となる。

 

家を失った人にしかわからない気持ちがある、その人達も家を失って初めて気付くのだろうが。

 

東日本大震災の後で、一部で話題になっていた話がある。

 

被災者の本音がブログに投稿される 「おまえらは(被災者)は1年ハワイでゆっくりしてきな」と言われたい 2011年4月10日

また、この人物は、その兄に泣きながら「何かできることはある?」と尋ねたところ、「正直、不幸になってくれたら嬉しい。俺たちを幸せになんてふざけたこと思わないで、俺たちの分、そっちもみんな不幸になってくれたらなー」と言われたようだ。

 

残念なことだが、そんな被災者を見ることで、幸せとは何かを実感してる人も多いはずだ、明日は我が身とも知らずに!

 

日本の川は、滝!

大雨の被害から気付いた話。

 

今回大きな水害を起こした岡山県だが、特に酷かった倉敷市真備地区では、今回直接の原因となったのは川の決壊だが、1972年と1976年にも浸水を経験している。

 

だから岡山県は、災害と全く無縁ではないのだが、岡山県民も世間も「岡山は災害が少ない」というのが定説になっていたらしい。

 

 

 

4年前に大規模な水害を経験した広島だが、東日本大震災が起きた頃、「日本で一番安全な県はどこか?」という問に対しての模範解答は、「広島と岡山が最も安全」とされていた。

 

台風や豪雨の規模が昔と違ってきてるという地球温暖化に起因する理由が一つ挙げられるが、それ以外に日本の国土の地理的な事情もありそうだ。

 

平地が少なく、山地が多い。

 

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山が多いということは、森林が豊かという美点で語られることが多かったその陰で、当たり前の事実が過小評価されていた。

 

それは、起伏に富んだ地形であるという点だ。

 

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図の引用はどちらも下記より。

http://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary07

 

 

オランダ人ヨハニス・デ・レーケは、1873年に明治政府の内務省土木局に招かれ、河川や港の改修を技術指導した。

 

ヨーロッパの川を見慣れていたデ・レーケは、日本の川を見て「これは、滝だ!」と驚いたらしい。

 

 

2018年の1月、パリでセーヌ川が溢れて洪水を起こした。

 

パリ水没 —— 過去の教訓は生かされてなかったのか 2018/2/1

「洪水は自然現象。我々が、我々自身とインフラを間違った場所に置いているから、大災害になってしまう」とパリ市チーフ・レジリエンス・オフィサー、セバスチャン・マリー(Sebastien Maire)氏は2016年の洪水後、ガーディアンに語った。

 

ゆったりと流れる川の氾濫は、水位が堤防の高さを超えることで発生する。

 

それに対し、「滝のような」日本の川は、時に堤防を決壊させ、津波と同じ理屈で襲いかかってくる。

 

傾斜地が多い日本では、大雨は到るところに滝を出現させ土砂を削る。

 

平常時には風光明媚な景観が、牙をむく瞬間だ。

 

人口減少時代に入り、地方が消滅し、都市しか残らないなどと言われるようになっているが、日本では都市は平野部に集中していて、住宅は都市を取り囲むように広がっていて、都市部に比べて住宅エリアの方が若干標高が上がるという特徴が日本にはあるが、それでも国民の80%が0〜100mの地域に住んでいる。

 

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f:id:chigau-mikata:20180709153919p:plainhttp://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary06

 

 

この図と表のデータは1995年のもので少し古いが十分参考になる。

 

セーヌ川の水面は低いにも関わらず溢れたが、東京や大阪には水面より低い土地がたくさんある。

 

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http://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary06

 

 

最近、都会と地方の格差は、住民や自治体の""の格差で語られることが多い。

 

しかし、地球温暖化の進行は、今生きてる人々が生きてる間は止まることがないだろうから、これからは生活の場として、対災害許容度の格差も重要になりそうだ。

 

だんだんとハードルが上がってる気がするのが、安全であることを求めること。

 

一昔前だったら、十分に保険をかけることで担保できた気になっていたが、これから起きるであろう災害に対しておそらく保険は無力に近くなるだろう。

 

明石家さんまの名言を思い出す。

 

生きてるだけで丸儲け!

『今』を生きる!

水と空気の共通点

 

無いと困るが、平穏な日常ではありがたさをあまり感じない。

 

どちらも、形を持たない、水は氷になることもあれば、水蒸気になり空気と同化することができる。

 

人類は、未だに空気をコントロールすることは全く出来ないが、水は昔からコントロールを試みている。

 

ちなみに、空気に関しては、空気の持つ熱量を利用して閉鎖空間の温度だけは、エアコンで若干コントロールできている。

 

今、西日本では大雨による水害が到るところで起きている。

 

東日本大震災では、海から押し寄せる津波の恐ろしさに驚いたが、大雨による被害は、内陸で発生する津波だと思い知らされる。

 

大雨の降り始めは、九州北部が話題になっていたが、広島や岡山の被害を伝える映像の凄まじさに驚いてる人も多いだろう。

 

川や斜面の近くや低い場所にある家が被害を受けているようにも感じるし、形を持たない水がどこにでも入り込むようにも見える。

 

メディアが伝える情報から漏れてる情報があるはずだと思いtwitterで探すと、やはりたくさん出てくる。

 

被害を受けているのに報道されないことに不安を募らせる人や、気付いてもらえてないのではないかと心配してる人達がいる、多数ある中の一つ広島県三原市本郷。

 

 

大雨による水害というと、ジワジワ迫ってくるイメージがあるが実際には突然のようだし、水はほんの小さな隙間から侵入してくる。

 

 

 

 

また、水の侵入経路として被災当事者でなければ気付かないところもあるようだ。

 

被災が地域単位で発生すると、被災してない地域にも与える影響が出る。

 

 

被災者にはお気の毒だが、本当に大変になるのは、水が引いた後だ。

 

 

西日本は、明日にでも梅雨明けと言われている。

 

衛生面の問題は切実になるだろう。

 

 

大きな被災をすると、つくづく感じることがある。

 

人間は、『今』を生きている。

 

『今』が切羽詰まっていれば、『今』しか生きられない。

 

過去や未来を語るのは、たとえそれが暗いものであっても、心にも生活にも余裕があるということだ。

 

生きるということは、とても大変なことだと改めて思う。