テレビの視聴率から感じること
最近ごく一部を除きテレビ番組の視聴率が冴えない。
視聴率を気にせず番組を制作してるわけではないだろう。
インターネットやスマホの普及でテレビ自体を見る人が少ないということもあるだろうが、世の中の動向に敏感な広告代理店が視聴者の気持ちを把握できないのだろうか?
あるいは制作側の能力が極端に落ちているのだろうか?
インターネットの世界では、テレビの視聴率にあたるのは、アクセス数になるのだろう。
アクセス数を稼ぐためにSEO対策が行われる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/検索エンジン最適化
検索エンジン最適化(けんさくエンジンさいてきか、英: Search Engine Optimization, SEO、サーチ・エンジン・オプティマイゼーション)とは、検索結果において、ウェブページをより高い順位に表示させることを目的として行う取り組みのこと
テレビ業界(広告代理店含む)が視聴率を上げるために行う調査や仕掛けとネットの世界のSEOには大きな違いがある。
テレビ番組に関しては、事前情報が豊富であり、予告編などもある。
作り手はこういう気持ちらしい。
【視聴者は「カレーライスをください!」と言っています。
それも、今まで食べたことがないようなカレー。
これがエンターテイメントの基本だと思っています】
純粋に未知の要素が少ない。
視聴者は、高度な予定調和を求めるのだ。
積極的な動機としては、楽しい時間を過ごしたい、知りたい、などを求める気持ちだろう。
この積極的な動機が、見るか見ないかの判断をする時の要素は、誰が出演するのか、誰が制作を手掛けたかだろう。
予め持ってる期待に応える内容になってるかを気にし、期待に応えてくれると感じられれば見るという行動を取るだろう。
消極的な動機としては、BGM的に音がないのは寂しいからという理由でテレビをつけてるだけということも挙げられるだろう。
この場合は、嫌いな内容でさえ無ければ何でも良いとなりやすいだろう。
積極的な動機と消極的な動機の割合がどの位かは不明だが、高度な分析を用いても視聴率が芳しくないということは、消極的な動機でテレビを見てる人が非常に多く且つ積極的な動機で見てる人が少ないということかもしれない。
そして稀な高視聴率番組は、たまたま両者が重なった番組と言えるかもしれない。
その高視聴率番組が面白ければ、消極的な動機で見てた人を、その番組に関しては積極的な動機に変えることが出来るだろう。
ただし、高視聴率の背景を分析してもあまり意味が無いかもしれない。
ドラマだと、出演者が視聴率を呼んだのか、あるいは脚本が視聴率を呼んだのかと分析されるが、的外れに終わるだろう。
たぶん主役や主演が視聴者を呼ぶという価値観が終わったと感じる。
これからは、脇(役)が決め手になるだろう。
主役や主演しかしたことがないという人が通用しない時代になる気がする。
テレビ業界は視聴者を意識して番組を作るが、視聴者はあやふやな空気で動いている。
テレビが活路を見出だせる可能性があるとすれば、脱予定調和路線だろう。
大失敗もあるかも。
一方、インターネットの世界では
テレビに比べると積極的な動機で見たり、検索したりしてるような感じを受ける。
そこでは、答えを模索してるように感じる。
本当の正解でなくても良い、自分が納得できる答えが見つからないかと探してる気がする。
この行動は、アンチテレビ的でもあるだろう。
内容の良し悪しではなく、一定の完成度であてがわれるものへの反発のようにも見える。
テレビは、完全に100%事業としてお金を得るために運営されている。
これに対しインタネット界では、事業も趣味も遊びも混在する。
どちらも、コンテンツを作ることからスタートし、見た人から一定の評価を得ることが目的だろう。
テレビには視聴率という尺度が定着し、厳密に評価されるが、そもそもプレイヤーが少ない。
一方インターネット界では、プレイヤーの数が余りにも多いので評価を得る以前に、見てもらえないというジレンマが発生する。
テレビを見てもらえないのとはちょっと違う、存在に気付いてもらえないというジレンマがある。
だからSEOが注目される。
グーグルが、SEO対策を過剰に行い過ぎてるサイトの排除に動き出した。
Google、低品質サイトの評価を下げるアップデート――キュレーションメディアなどが対象に
この動きは歓迎されるが、そもそも人目に触れ辛いサイトはどういう扱いになるのだろうか、どんなトバッチリを受けるか気になる人も多いだろう。
インターネットの世界には、かつてのアメリカンドリームや下克上に通じる逆転劇の舞台となることを求めたい気持ちがある。
メディアが違うと同じニュースが違って見える
グーグルが排除しようとしてるのは「嘘の流布」だと言われてる。
テレビ視聴者は、余程のことがないと放送された内容を疑わないだろうが、インターネットの利用者は、嘘が多いかもしれないと覚悟しながら情報にアクセスし、その繰り返しでリテラシーを磨く。
テレビは作り込みが高度なので露骨な嘘をついたりはしないしできないだろうが、代わりに見解の相違」を巧みに使い「嘘の流布」を行っているらしいとはよく聞く。
有識者や著名人が正反対の主張合戦を繰り広げたりして、受け身で見てると真実がわからなくなることもある。
ユーザーが受け身で接するのがテレビなのに対し、インターネットは能動的に接しないと楽しめないという違いを感じる。
得た情報が同じでも、入手の仕方が違うと、内容が違って見えるかもしれない。