違う見方

これから時代はどう変化するのかを時事ネタを交えて考察。考える際のヒント。気付くためのヒント。時には詭弁を弄します。今書いてることと、以前書いた内容が食い違う場合は、遺言と同じで新しいものが私の考えです。

『ブランド』をつくるためには『ペルソナ』が大事

23日土曜日に街と郊外の大規模モールに出かけた。

 

すごく大勢の人々で溢れていた。

 

土曜日は天皇誕生日で祝日だったこともあり、ネット上では全国的に繁華街は人が溢れて景気が良くて結構なことだと捉えた話が多かったが、私が受けた印象は全く違った。

 

景気が良く見えたというのは、人手の多さが与えた印象で、おそらく売上も大きのだろう、そこには同意できる。

 

感じた違和感は、あまり結構な話には感じられなかったからだ。

 

スーツ姿だと案外気付かないのかもしれないが、カジュアルな格好をしているとなぜか内面が透けて見えるような気がするし、姿勢や体つきという外見にも生き方が表れるような気がする。

 

ただの印象論なのだが、老若男女問わず足取りが弱く、姿勢が悪いという印象をいつも以上に受けた。

 

 

祝日とクリスマスが重なってるのだから、楽しい浮かれた1日のはずなのに。

 

普段目にしてる人達と種類が違う人達が街にあふれていたのだろうか?

 

この違和感の正体は、大前研一さんが言ってる次のことかもしれないと感じた。

 

若者の外出離れ 実に憂うべきデータだと大前研一氏

近年は「イオニスト」や「ららぽーたー」など、いつも地元のショッピングモールに行き、そこ1か所で日々の暮らしを完結させる若者の増加が話題になっていた。イオニストは「ABCマート」「しまむら」「ニトリ」などイオンモールに出店している店で収入の48%を使うというデータもある。

 

彼らは自宅の半径20km圏内だけで行動し、社会人になっても中学・高校時代の友人や仲間が交友関係の中心で、その人たちにしか関心がない。そういう内向きな生態系がスマートフォン、SNS、ネット通販の利用が広がったことによってさらに縮小する方向に進み、出不精な若者が増殖していると推察されるのだ。

 

 

 

 

この違和感を考えていると、いままで何度聞いてもピンとこなかったGDP(国内総生産)という単語が急に頭のなかに降って湧いてくるような気がした。

 

GDPに計上されるのは表の世界のお金の流れだけである。

 

経済やビジネスに興味や関心を持つと、需要と供給は、別の要素として区別して扱うが、GDPという見方をする場合は、需要と供給の区別をしないで、どちらもGDPにカウントされる。

 

インフラを整える社会の基幹ビジネスが普及した後、”快適や便利やおいしいや楽しい”を皆が求めるようになり、これらに関連して発生する需要と供給がGDPを押し上げた。

 

休日に外出し、楽しい時間を過ごそうとしてる人の多くは世間的には健康と言われてる人達のはずだ。

 

そんな人達が振る舞う姿に忍び寄る不健康を感じたことで、その次の段階としての健康ビジネスや病院や薬や介護などがすべて一連の繋がりを持っていることが実感できたことで巨大なGDPが急に身近なものに感じられてしまった。

 

健康に明らかに問題がある人は、そもそも外出頻度が少ないので、その姿を日常あまり目にしないだろう。

 

バブル崩壊後ずっと不景気だという実感とは裏腹に日本のGDPは上昇し続けている(上昇率はともかく)。

 

多くの一般人が興味や関心を持つ分野は不景気でも、興味や関心を持ってない、よく知らない分野では大きくお金が動いていることが想像できる。

 

 

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http://ecodb.net/country/JP/imf_gdp.html

 

 

数字としてのGDPを見てると気づかないが、GDPを構成する内訳に目を向けるとずいぶん変化してるのだろう。

 

 

GDPの中には、喜べない費目の増大も隠れている

 

GDPを構成する「売れるもの」には理由がある。

 

一般的には、良いと思うから買う、安い(お得、リーズナブル)だと感じるから買うというのが一般的だが、ここでは行動の主体は自分自身であるが、最近そこが変わってきていることを多くの人がなんとなく感じているだろう。

 

他人が良いと思ってるもの、誰もが良いと言ってるものを選ぶ傾向が顕著になっている。

 

こうなった背景には、どれを選んでも差がないし、特に欲しいものがあるわけではない、でも買いたい、買う必要があるという人が増えてるからだろう。

 

かつてブランドは高級品を示すアイコンだったが、現在ではハズレがないというアイコンになっている。

 

 

ブランドは、最初は作り手であるメーカーの考えや行動が商品に反映されることで成立し、カッコよい商品を使う人はカッコよくなれると思われることで評価される。

 

そして、最終的にその評価が定着する場合は、ユーザーであるブランド利用者の属性が商品の評価に大きく影響する。

 

『使ってる人がかっこよければ、商品もかっこよく見える』ということが起きる。

 

つまり、メーカーが作ったブランドだが、そのユーザーの属性がブランド価値を決めるようになるということが起きる。

 

商品の存在意義には大きく2種類が存在し、それが買う理由になる。

 

  • 必要だから
  • 好きだから

 

この二つ以外の理由は、こだわりの有無で変わってくる。

 

”必要だから”という分野は、多くの場合資本力がものを言う。

 

 

これからの時代は、”好きだから”に活路が見出だせるはずだ。

 

”好きだから”という理由で選んでもらえるためには、そしてその評価を確実なものにしようと思うならば、意識しなければいけないことがある。

 

  • 使う人は誰か?
  • その人はどんな価値観の持ち主か?

 

この二つを具体的に考えることは案外難しい。

 

私も、これまで買ってくれるなら誰でもいいと思うことが多かったし、何かをプレゼンするときは汎用性を保つことを重視してきたが、そういうスタンスはこれからは通用しないだろう。

 

この二つを総合してマーケティング業界では”ペルソナ”と呼んでいる。

 

今さら聞けない!「ペルソナとは」基礎知識とその重要性について

ターゲットは人物像をやや幅を持たせて設定するのに対し、ペルソナは人物像をリアルに設定していきます。

 

マーケティングに有効な手段である「ペルソナ」設定ですが、精度が低ければ効果的ではありません。

 

 

私という人間がどんな人間かを決めるのは、まわりにいる他人だと言われる。

 

つまり、自分で「私は○○○な人間です」と言っても、周りの人がそう思わなければ○○○だとは思ってもらえない。

 

ペルソナの不思議なところは、他人の詳細なキャラクターを赤の他人である私が作るというところにある。

 

自分のキャラは自分で作れないが、他人のキャラは作れると言うのは考えてみると面白いかもしれない。

 

一度本気で試してみる価値がありそうだ。

 

相手のペルソナを設定し、自分のブランドを確立するということが個人に求められる時代になっている。