違う見方

これから時代はどう変化するのかを時事ネタを交えて考察。考える際のヒント。気付くためのヒント。

世の中は、不必要なものが溢れてる

Amazonは、このまま一人勝ちを続けるのか、あるいは次が出てくるのか?

 

そういうことを考えようと思ったら、その前に整理しないといけないことがあるなと思ったので、少し整理してみた。

 

商品やサービスの良し悪しを判断する材料の一つとして"価格"が大きな役割を果たしていた時代がある。

 

そんな時代には、『安かろう悪かろう』という言葉が機能していた。

 

同時に、『安物買いの銭失い』とも言われていた。

 

この辺の言葉は、いつの間にか死語になりつつあるが、思い出させられるのは、取り返しの付かないことが起きた時だ。

 

失われる「安かろう悪かろう」「安物買いの銭失い」の精神
2016.01.29

15人もの死者を出した軽井沢でのバス転落事故では、運行会社は国の基準を下回る料金で業務を請け負っていたという。そのため、安全運転するための費用が十分ではなかったのではないかとの声も強い。

 

一方、廃棄物処理業者による廃棄食材の横流し事件では、もともとカレーチェーン「CoCo壱番屋」で360円で販売されていたはずのビーフカツが、最終的にスーパーでは80円で売られていたという。

 

 

この記事は、こう締めくくられている。

 

バス事故の被害者たちは20才そこそこの若者ばかり。ちょうど、バブル崩壊後、日本人の生活意識が変わったと指摘されている時代に育った人々である。“安さ万能”という風潮の中で、「安かろう悪かろう」という古くからの知恵を知らずに育ったとすれば、彼らもまたそんな時代の被害者と思えてならない。

 

 

 

"安いもの=お得なもの"となったのは、デフレの影響だとされる。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/日本のデフレーション

日本は企業物価指数で1991年11月以降、GDPデフレーターで1994年第4半期以降、消費者物価指数で1998年9月以降デフレとなった。

 

 

上記の記事には、こういう記述がある。

 

「かつて日本の消費者は商店街の店の軒先で、店主と対面して商品を選んでいました。『お客さん、この魚の目を見てください、新鮮でしょう。それは200円にしろったって無理ですよ』などというコミュニケーションによって、客も何がいい商品か、悪い商品かを見抜く眼を持つことができました。

 

 

Amazonや現代のネット通販などが出る前の段階でも、大きな変化を経験していたのだ。

 

売り買いの場に、対面の濃密なコミュニケーションが成立していた頃、商品の多くは手作りだったり、最後の組み立ては人手に依存するような物が多かった。

 

だから、良いものと悪いものの差が大きかったが、手作りや手作業の要素が減るのに反比例して大量生産大量販売になり、売り買いの場でのコミュニケーションの薄味化が進んでいった。

 

売られてるものの多くは、品質は格段に上がり、悪いものが本当に少なくなった。

 

かつては売り買いの場では、何を買うか、どこで買うか、誰から買うか、が大切にされた。

 

誰から買うかとは、知ってる誰かからに限らず、きちんと説明してくれる人と言うような意味も籠もっている。

 

商品の品質に問題がなく、売り買いの場でコミュニケーションが薄くなると、粗悪品を買って失敗するという経験が減り、物欲を受け入れやすくなる。

 

物欲は、心理学的なアプローチで刺激されるので、"限定"や"残りわずか"ということばにも踊らされる。

 

心理学的なアプローチには、接客も含まれる。

 

買い物には「お客様は神様」というサービスを受ける快感があります。おカネを払えば常に、自分が優位で居心地の良い会話が店員と楽しめる。加えて買い物はハンティングの魅力にあふれています。狩人と化した消費者は「ムリ目の値段だけど勇気を出してゲットしちゃえ!」とアドレナリンを放出させ、結果、高揚感と達成感を得る。

どうしても物欲を抑えられません  著述家、湯山玲子さん NIKKEIプラス1

 

 

ヤケ食いならぬ"ヤケ買い"という言葉もあるくらいだから、世の中には不必要なものが溢れているだろう。

 

情報と同じく、『モノ』にもストックとフローがあり、必要なものはストックされ、不必要なものがフロー化する。

 

不必要な新品が大量に作られフロー化し、買われた不必要なものが捨てられたり、中古市場に流れたりするようになる。

 

不必要なものが食べ物の場合は、少し厄介だ。

 

「もうやめて新商品」バイトの女子大生が見たファストフード店の裏側 2018/6/9

筆者がスーパーマーケットに取材すると、少なからず、こういう声が聞こえてくる。

「売れない新商品なら出さないで欲しい」と。

 

 

消費者や小売店は、積極的な姿勢で新商品を求めていると言うより、池のコイみたいに、口を開けて受け身でエサ(新商品)を待っているのではないだろうか。待っていたって、黙っていたって、毎日、山のように新商品は湧き出てくるのだから。

メーカー側も、「新」商品と銘打たないと、小売店の本部商談でバイヤーに採用してもらいづらい面がある。消費者も、とりあえず新しいのが出たら一度は食い付くから、メーカーとしても売り上げを立てるために出すのではないかと思っている。

 

 

 

本腰をいれて新商品を開発することは、企業にとって投資だ。人材も必要だし、コストも年月もかかる。だから、とりあえず、「新商品」みたいに見えるように、いま流行りの成分をいれて見たり。あるいは中身は変えずにボトルのデザインを変えてみたり、フレーバー(味)の違うのを出してみたり、商品名のフォント(文字)のデザインを変えてみたり。中身は変わらないのに、今まで出していたものは「旧品(きゅうひん)」となり、自然切り替えで棚から消える。もしくは店員の手で撤去され、「現行品」である新商品に取って代わられる。

 

不必要なものを売るために必要なことは"押し売り"ではなく、心に寄り添う売り方が大事になるので、心理学を駆使した広告宣伝や訪問販売が行われた。

 

心理学的にアプローチされると、受け入れてしまいやすいので、"歴史は繰り返す"となりやすい。

 

心理学的なアプローチは、心の理にかなっているので、『納得』や『満足』を持ちやすく、Noが言いづらい方向に導こうとする。

 

不必要なものを買うためには、本来買った後に感じるはずの『納得』や『満足』を、買う前に感じさせることが必要になる。

 

『納得』や『満足』は、自発的な感情なので、一旦芽生えると覆すことが難しい感情であり、Noが言いづらい状況は「まあいいか」に繋がりやすく、いづれにしても従わざるを得なくなる。

 

Amazonの勝因は技術やテクノロジーで語られることが多いが、それ以前に現代は不必要なものに物欲を刺激されやすいという背景がある。

 

 

これを踏まえて、また次を考えてみたい。