今朝、目が覚めベッドの上で何気なく見ていたツイートの中に見知らぬことばがあった。
『お気持ちヤクザ』というのがそのことばだ。
理を唱える側のリソースは浪費されるばかりなのです。お気持ち一族はやりたいことをやって益を得るばかりである一方で。https://t.co/W3tyOvgjZF
— 不破雷蔵 (@Fuwarin) October 7, 2018
Google Trendsで検索すると、
まだ一般的なことばとは世間では認識されてなさそうだ。
ちなみに、意味はこうなる。
『お気持ちヤクザ』とは「自身の不快感を社会悪として対象を排除する存在」のことを意味する新語である
検索する中で、こういうツイートに出会った。
「ポリコレ棒」に始まり「お気持ちヤクザ」「繊細チンピラ」「まなざし村」等々、秀逸なパワーワードには事欠かない昨今のツイッター界隈だが、迂闊にそのワードに乗っかって何かを叩くと逆に自分の足元を掬わかねない怖さもあるよね。
— 空と踊る男 (@dancewithsky) October 7, 2018
これまた、知らないことばのオンパレードだ。
Google Trendsで検索すると、
全国的なことばではなく、都市型のことばだと分かった。
世に出た順番が新しい順に紹介すると、
トランプ氏就任から聞くようになった「ポリコレ棒」ってどういう意味?
例えば、現在米国内ではクリスマスに「メリークリスマス」とあいさつをすることは、キリスト教徒以外の人に対する差別であるとされています。これでは逆にキリスト教徒に対する差別ともとれますが、反論すれば「ポリティカル・コレクトネスに反論するのか、この差別主義者め」と袋だたきにあってしまいます。
このように、「ポリティカル・コレクトネス」に少しでも反論するとすぐにたたかれることから、「まるでポリコレは人をたたくための棒だ」といわれるようになり、日本では「ポリコレ棒」と呼ばれるようになりました。
じ、自分に欠けている何かを持っていることに対して無自覚な他人の発言を勝手に自慢と受け取って激昂する人!!!!!!???????
「傷つくのでやめてください」の一言で自分の不快なものをこの世からなくそうなんて、暴力と同じなのよ。だからこういうふうに弱者の立場を利用して意見を通す人に、畏敬の念を込めて”繊細チンピラ”と呼ぶのよ。
▼まなざし村
— 漫画・アニメ・ゲーム・映画の表現規制問題 (@MxIxTxBx) October 7, 2018
・SNSで過激な主張を叫ぶフェミクラスタを指すネットスラングとして誕生
・性的まなざしというフェミ用語が由来
・今は元人殺し(懲役十年)、統合失調症患者、元ネトウヨの新左翼、純潔クリスチャンフェミ、自民サポ会員の2ちゃんねらー、wiki荒らしが灯油缶持ってうろつくスラム街
いづれのことばも、対立から生まれたことばで、その対立軸は、
強者の理屈 VS 弱者の理屈
多数派の理屈 VS 少数派の理屈
虐げられてると感じる側に被害妄想があり、それに対抗するために、虐げる側が使う手法を用いて逆襲に転じてる姿が感じられるところが興味深い。
嫌な奴は反面教師にして近づかないことが、知恵だと思っていたが、虐げられてる側に半沢直樹流の「倍返し」という復讐に似た根深さを感じてしまう。
これは、一連のmetooにも通じるだろう。
時代の流れと見るべきなのだろうか?
虐げられてる側が「窮鼠猫を噛む」状態だとすれば、それは緊急避難であり末期症状にも感じられるが、意識の向け方をほんの少しずらすだけで、その状態を回避できるようにも感じる。
目標や目的は、常に"次"があることを設定するようにした方が良い。
達成した後に"次"が無いことを目標や目的にすることは、喜びから遠ざかり、虚しさに近づいていく。
私は毎日何かしらネット上から新しい情報を仕入れるようにしているが、それでも数年前に使われ始めていることばに初めて出くわすということは、日常の視野がいかに狭いかを物語っている。
しかし、新しいことばに染まり過ぎると、流行に乗ってるようで自分の価値を大きく損なうことに繋がるかもしれない。