違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

三つの時代を知ってることは武器なのか?!

いよいよ平成が終わり次の時代が始まるが、次の時代はこう言ってるだろう。

 

「吾輩は次の時代である、名前はまだない、どこで生まれたのかとんと見当がつかぬ」

 

 

平成は30年続いたことになる。

 

と言うことは、31歳以上の人は昭和、平成、そしてまだ名前のない次の時代と三つの時代を経験する可能性が大になる。

 

三つの時代を経験すると考えると、経験の濃密さは明治、大正、昭和には叶わなそうな気がするが、それは経験してないものに対する過大評価かもしれない。

 

リアルタイムで経験すると、大事件ですら日常に思えてくる。

 

しかし、それが教科書に載るようになると感慨もひとしおだが、教科書で初めて知る子供達は、もっと早く生まれてれば「これは覚えなくてもよかったんだよな〜」と思ってることだろう。

 

平成30年12月現在の総務省のデータによると30歳未満の日本人は約3385万人。

 

これは、そのまま昭和をリアルタイムで未体験の日本人の数だ。

 

率にすると、26.7%。

 

 

 

若くありたいと思ってる日本人の数は史上最高だが、実際には、

 

 

 

 

リンク先の記事には、

 

「中国では、孫の世話は高齢者の天職であるかのように考えられている。しかし、日本の高齢者は母親が忙しい時、あるいは母親がリフレッシュしたい時に代わりに面倒を見る程度。高齢者が育児の主力になることは絶対にない」

 

 

幼児の面倒を見ると分かるが、決して大人の理屈を振りかざしても思い通りにはならない。

 

小さい子供と高齢者が接することは、高齢者が子供に歩み寄ることで成立する。

 

しかし、そういうケースが日本には少なくなっているので、高齢者が自身の考えや価値観を変えるキッカケ自体が減っていると言える。

 

だから、こうなる。

 

 

明治大正昭和のように三つの時代を知る人は、本来少数派であることが望ましいのは、時代の変化が新しい価値をもたらすことにつながるからだ。

 

まもなく2018年が終わり2019年が始まり、2019年の5月からは新元号が始まる予定だが、果たして真に新しい時代は始まるだろうか?