違う見方

誰でもできるけど、自分にしかできないのが、判断するということ! 情報過多な現代は偏り(バイアス)も強いので思わぬ方向にずれていくこともある。そんなズレを修正したりブレーキをかけるために少し違う目線を持ってみたいという備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

30年間の変化!

新年明けましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

なんてことは、本当はあまり思っていません。

 

と言うのは、「明ける」感じが全くしないから。

 

明ける感じがしないのは、24時間年中無休で明けっぱなしだから。

 

そうなったのは、思い起こせば昭和が終わり始めた頃からだ。

 

私にとっての平成の30年間は、年が明けても新鮮味を新たにすることが少なかったような気がするが、30年分を一気に振り返ると大きく変化していたことに気付かされる。

 

 

30年前、できることならキーボードには触れたくなかったわたしがキーボードを受け入れたのはWindows95が出た1995年から、その頃はキーボードを使いこなせる人は本当にほんのほんのひと握り人だけだったので周りはできない人ばかりだったが、もう逃げられないなと観念したことを覚えている。

 

 

上記ツイートのリンク先の記事には次のように書いてある。

 

「ワープロはいずれなくなるか?」という質問に30年前のメーカー各社はどう答えた?

30年前のDIMEの人気企画が、企業に質問し、その回答をそのまま紙面に掲載する「業界公開質問状」。「ワープロは、いずれなくなるのですか?」という問いに対する各社の回答が、今読むと衝撃的です(平成元年10月19日号)。

 

NEC「ワープロは文書を書く機械として特化されていますから、その必要性はなくならないんじゃないかな」

キヤノン「ワープロがパソコンに取り込まれることはないでしょう」

シャープ「人間の扱う道具は使いやすいことがいちばんだと思いますから、ワープロは文書専用機として残るでしょう」

東芝「そんなこと誰が言っているのですか。パソコンとワープロはこれからますます共存共栄していきますよ。今はワープロとパソコンの台数がほぼ同数ですが、将来的には、ワープロ10に対してパソコン1ぐらいの割合になると思います」

富士通「たとえば車の会社を考えてみてください。セダンをワープロとすれば、パソコンはトラックに相当します」

松下電器「5年前、パソコンの普及台数は100万台、今は120万台と伸びはゆるやかです。一方、ワープロは30万台が280万台にまで伸びています。この数字を見ただけでも、パソコン社会よりワープロ社会到来の方が早いと考える材料になります」

 

 

どうですか、すごくないですか? まだワープロを生産している企業の担当として、うかつなことを言えないのもわかりますが、まさかの全否定。まぁ、答えた担当者も30年後に蒸し返されるとは思ってなかったでしょうけど。

フォローしておくと、パソコンも作っていたNECのコメントはさすがです。

NEC「ただ、パソコンとワープロは分解すれば同じもの。基本的にはイコールなので、どちらかが消えることになってもそれは単に名前が変わっただけってことになると思います」

 

 

しかし、ワープロが売れていた理由はパソコンとの価格差があまりにも大き過ぎたので完全にカテゴリーが違う商品だったからで、両者の価格差が小さくなるとワープロは機能が少なすぎるパソコン扱いになり割高感しかなくなるのだ。

 

 

30年間続けば生態系の反応も変わる。

 

 

人間の世界でも30年の経過は確実に世代交代を起こし、醸し出す雰囲気すら違ってくる

 

 

ゴミ問題は、捨て方を巡るマナーの問題として語られることが多いが、もう一つ発生量そのものに焦点を当てることもできる。

 

ゴミの発生量は少ない方が良いとは単純に言えない側面があり、出生数や少子化を巡る話と似ている。

 

増えても問題だし、少なくても問題になる。

 

 

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このツイートに添付されてるグラフのカーブは、日本の活力とシンクロしてるように見えるのは気のせいだろうか?

 

では、最後に世間の人々が30年後をどのように考えてるかを紹介して終わり。

 

 

 

 

 

 

次の天皇は59歳で即位。

 

さあ、どんな時代になることか?

 

今年もよろしくお願いします!