昨日1月2日の“新春しゃべくり007”に貴乃花が出てきて瀬戸内寂聴と対談していた。
少しだけ見て残りを録画し、3日の箱根駅伝の合間を見ながら録画を見つつこれを書いている。
収録されたのはいつだろうか?
背景の景色を見ながら「紅葉がキレイですね」などと言っているので11月頃だろうか。
離婚の話に対して、離婚した時期を1〜2ヶ月前という言い方をしていたがこれは放映日を意識しての発言だろう、離婚が公表されたのは11月26日、私にはこの収録が離婚の公表前に行われたような気がする。
この対談の最大の見所は、宮沢りえの話題に踏み込んだことにある。
寂聴
「わたし、りえちゃんと仲よくてね、今幸せで、好きな人ができて....」
貴乃花
「それを聞くと、勝手にホッとします...」
寂聴
「だから安心しなさい」
貴乃花
「それを聞いて安心します、実はずーっと....」
宮沢りえに触れたのはこの程度だったが、これまで決して自身の口から語られなかったことだった。
貴乃花と宮沢りえの突然の婚約と破局を振り返ることは、平成を振り返ることにもなりそうだ。
まだ昭和の余韻が残っていた平成4年(1992)、人気絶頂だった相撲の貴花田(現貴乃花親方)と宮沢りえとの婚約会見。26年前なので知らない人もいるかもしれません。宮沢りえさんの笑顔と目が好きな人を見る時のもので、ピンクのオーラが写真からも見えますw 心から好きだったのだろうと思います。 pic.twitter.com/dODAwD6MON
— BEのぶ(米澤光司) (@yonezawakouji) September 23, 2018
突然の婚約解消の理由を知っていたであろうお兄ちゃんは、
貴りえの破局 真相は「2人ともかわいそう」…兄・花田虎上が語る
1992年11月27日。2人は幸せいっぱいの笑顔で手をつないで会見場に姿を見せ、93年5月28日に挙式することも発表された。しかし、93年1月25日、大関昇進内定の会見の場で、りえとの破局を明かすこととなった。
花田は上沼や同じくMCを務める大平サブローから、破局の真相を詰め寄られたが、「言えないこと、多いですね」と笑顔で交わし多くを語らず。「2人ともかわいそうです。2人ともかわいそうなんです」と繰り返していた。
2018年11月26日に貴乃花の離婚が公表されると、宮沢りえとのことを蒸し返す話題が一気に増えたところを見ると、あの破局がいかに不自然だったかということだろう。
婚約当時の宮沢りえは、太陽を燦々と浴びるひまわりのような印象だったが、婚約解消後は隠花植物になったように私には見えていた。
ところで、お兄ちゃんが「二人ともかわいそうなんです」と言ったように、いろんな事情を抱えていたようだ。
宮沢りえとの破談が貴乃花のせいだといまだに思ってる人がいるんだね😅
— manin (@mania5555) November 27, 2018
今回のマスコミの報道と同じであの時も貴乃花が叩かれた。
あれはりえ側の問題なのに。りえを引退させたくなかったりえママが原因。
美川憲一とかも今になってバラしてる。
当時から自分の周りの相撲ファンは知ってた人多い。
@bombom583 よく知ってらっしゃる!!(^^)!古い話だが宮沢りえと貴乃花を別れさせるために、りえママが説得させに送ったのが美川憲一と木原光知子なのだ!(^-^)
— 波多間津 留碑霞 (@ituwahako) January 22, 2016
芸能界の話だからいろんな事情が表沙汰になるのかもしれないが、昭和だったら結婚は家と家の問題で、個人と個人の問題ではないことはたくさんあった。
ところで、宮沢りえの側はどう思っているのだろうか?
寂聴は、宮沢りえと仲が良いならその気持ちを知っているはずだ。
この話には伏線が張られているのだろうか?
私のような下衆の勘ぐりをくすぐってくれる。
最後に、
とてつもなく可愛かった頃の宮沢りえ! pic.twitter.com/3bzOWeYkbN
— 鉄谷大地 (@Ironvalley) January 1, 2019