違う見方

複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

「嫌い」の向きを変える!

今朝、衝撃的なことがありました。

 

あったと言うよりは、わかったと言う話です。

 

知人からメールが来て、その後電話で話しました。

 

共通の知人(かつて一緒に仕事をしたことがある)が、殺害されたという報告でした。

 

私に連絡をくれた知人に連絡をしたのは、事件の第一発見者で警察と一緒に現場に出向いたそうです。

 

死体は、刃物でメッタ刺しだったそうです。

 

事件に関しては、まだ第一報の段階でニュースの情報よりも知人からの情報の方がはるかに情報量が多いのですが、事件そのものはこれ以上触れません。

 

わたしがこの被害者との付き合いが無くなってもう15年以上経っていますが、時折噂は聞こえてきました、共通の知人が複数いたので。

 

伝え聞く噂は、ものすごく羽振りが良いという話が8割に対し、お金でトラブルが起きているが2割という感じでしたが、直近3年くらいは何も伝わってこないという感じでした。

 

わたしが持っている直接のイメージは、実際にコミュニケーションが発生していた15年以上前のものですが、彼とわたしは相性が悪かったのです。

 

お互いに嫌いだったでしょう。

 

わたしには、彼は強引に見えてました。

 

彼には、わたしが弱腰に見えていたでしょう。

 

彼はお金に執着し、わたしは「武士は食わねど高楊枝」でした。

 

相性が良いわけありません。

 

 

 

そんな思い出しかない状態でも、もたらされた事件の話は、衝撃でした。

 

もたらされた情報では、彼の生活は大きく変化していたようですが、希望を感じる要素もあったらしいです。

 

 

事件の報告を受けた時、わたしの中に小さな気持ちの変化がありました。

 

嫌いだった彼の強引さは、一生懸命生きていた証だったのかもしれないと思え始めたのです。

 

そんなに嫌いになるほどのことはなかったのかもしれないと思えてきたのです。

 

 

 

 

同じ気持ちをずっと以前に感じたことがあるのを思い出しました。

 

 

高校時代の仲良しで久し振りに再会した時、多分20代後半の頃、その中の一人が突然「そう言えば〇〇死んだの知ってる?」と言いました。

 

その時集まっていたのは4人だったが、そのうちわたしを含めて3人は〇〇が嫌いだったのでした。

 

嫌いになっていた理由は、今思うと妬みだったのでしょう。

 

彼は、背が高く細身でバスケットボールの選手で、女の子にモテ、男の目から見ても輝いていたのです、しかし一言余計なことを言うので、一部からすごく嫌われてました。

 

そんな彼は25歳でガンで亡くなったそうです。

 

若いからでしょうか、発症して亡くなるまであっという間だったそうです。

 

その話を聞いて、彼を嫌いだった3人はしんみりとした気持ちになり、誰かが「あいつ高校時代モテモテで良かったよね、それが救いだ」と言ったら、皆頷いていた。

 

帰り道、「なんであの程度のことで嫌いだったのだろうか」と心に引っかかるものがあったことを、今回の事件で思い出した。

 

 

世の中には、死んだからと言って許せない憎しみが存在するのは事実だろうが、多くの場合、相手が死んだと聞かされれば「なんでそんなに嫌いだったんだろう」と思うほど些細なことに思えてくるはずだ。

 

 

「嫌い」という感情には凄く力がある。

 

この力をポジティブに使える場合は問題ないが、ネガティブに作用してると感じるならば少し意識した方が良いことがある。

 

「嫌い」と言う感情は、反作用的に発生する感情だと思える。

 

一度芽生えると、その量や大きさに支配されがちになるが、ここは冷静に数学的に対処すると良いはずだ。

 

作用する力はベクトルとして働いている。

 

力の大きさや量だけに目を向けるのではなく、向きがあることを思い出そう。

 

ネガティブな「嫌い」は、向きを変えるとポジティブなものに変えていける可能性が大なのだ。

 

「嫌い」や「憎い」は、できれば無い方が良い。