違う見方

複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

【#KuTOO】靴選びは、職場選びであり、会社選び!

男性にとってのスーツやネクタイに似てるのが、女性にとってのパンプスやハイヒールという話をよく聞く。

 

一種の制服として、装いのマナーとして押し付けられているようでもあるが、受け入れてしまえば楽だが、一旦イヤになるととても厄介な存在になる。

 

ところで、この両者はイヤになった場合、少し違いを見せる。

 

男性にとってのスーツやネクタイは、イヤになるとただカッコ悪いものに思えるだけだが、女性にとってのパンプスやハイヒールは痛みや苦痛を伴うからイヤなのであって、それさえなければ本当は好きという人がたくさんいるという。

 

 

そんな女性が声を上げ始めたという話をしてみたい。

 

#KuTOOができたのが2019年の1月下旬らしい。

 

そんな話を知ったのは次の記事で。

 

「パンプス強制は苦痛」=足腰に負担、仕事に支障-「#KuToo」じわり拡大

石川さんは「みんなパンプスやハイヒールが平気だと思っていたが、実は我慢していただけと知って驚いた。女性だけ自由に靴を選べないのは完全な差別だという認識を、社会全体が持ってほしい」と話している。

 

Twitterを遡って見ました。

 

#KuTOOが誕生したのはこのツイートからのようです。

 

 

ただの流行の始まりというよりは、悩みの解決を目指してるからだろう、その始まりには哲学的な香りが漂う。

 

 

 

 

 

 

ただの好き嫌いの問題ではなさそうだと分かってきます。

 

 

不快感の正体はとんでもないところに潜んでいるようです。

 

 

男性女性という話ではなく、靴(苦痛)という壮大で深遠なテーマが見えてきます。

 

あまりにもたくさんのツイートがある中で、新しい気付きを教えてくれるものの一部を紹介してみたい。

 

人間を生物学的に、動物学的に定義すると「二足歩行」の動物となることを考えると、靴はとても重要なはずだ。

 

パンプスやハイヒールが誕生した由来としてこんな話があるらしい。

 

 

靴をめぐる話題には人格を傷つけるものもある。

 

 

どうやら今となっては、この問題も日本のガラパゴス文化なのかも?

 

 

日本では、マナーは押し付け束縛するようにあてがわれる、これもガラパゴス文化だろう。

 

世阿弥が老年期に言った「麒麟も老いれば駄馬にも劣る」を感じさせるツイートが次。

 

 

この#KuTOOで発言してる方達は、誰かと対立したいわけではないが、必ずこのような話が出てくる。

 

 

 

私の足は男性としてはかなりの外反母趾(右だけ)で、硬い革靴を履き歩き回ったせいで気が付いたら強度の外反母趾になっていた。

 

足が痛かったことは覚えているが、不思議というか間抜けなことにいつ足が変形したのか全く記憶がない。

 

だから、靴選びを間違えるととんでもないことが起こるということを知っているつもりだ。

 

時系列に古いツイートから順に興味あるツイートを拾ってきたが、百聞は一見に如かずというツイートを紹介して終わり。

 

わたしも次の写真はビックリを通り越すほどの驚きだ。