違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

悪意を持たない敵が増えている!

2019年5月1日から始まった新時代の令和。

 

あと2日で50日が経過することになる、もうすでに世間を騒がせる事件や事故がいくつも起きているが、それらを時系列で整理してみた。

 

令和が始まる直前の4月末に、秋篠宮家の長男悠仁さまが通われるお茶の水女子大付属中学に何者かが忍び込み、悠仁さまの机の上に刃物が置かれるという事件が発生。

 

犯人はすぐに捕まり、5月1日には自供を始めている。

 

この事件、未だに真の目的は曖昧な気がするが、悪意(=目的)がなければ起きなかったものではあると思われる。

 

 

5月8日の午後滋賀県大津市の琵琶湖湖畔の道路上で信号待ちをしていた保育園児と保育士さんの集団に車が突っ込むという事件が発生。

 

ちなみに、池袋で母娘を暴走事故で死亡させたという事件は、私の記憶では令和の出来事になっていたが、実際には4月19日の発生、しかしこの事件以降、車の事故のたびにこれらの事件との共通点を無意識に探るクセが付いてしまった。

 

 

5月15日、世間での扱いは小さかったかもしれないが千葉県市原市で園児を公園で遊ばせていた保育士さんが突っ込んできた車から園児を守ろうと体を盾にし骨折するという事件が起きている。

 

5月28日、川崎市登戸で児童や保護者を巻き込む無差別殺人事件が起きた。

 

この事件の犯人は、内に秘めた殺意や悪意は強烈だったが、外見上は殺意や悪意を剥き出しにして迫ってきたわけではないので被害にあった方は、被害に遭う直前まで危険が迫っていることに気付かなかったという特徴がある。

 

車の暴走による事故も同様だ、この数年そして最近でも悪意を剥き出しにした煽り運転は大きな心配事だが、これに加えて悪意が全く無い暴走事故(事件)が増えている。

 

 

悪意のない相手とどう向き合えば良いのか?、と言うよりもどうやったら出くわさないようにできるのか?

 

悪意を持たない事故といえばこういうのがあった。

 

6月1日の夜、横浜市の新交通システム「シーサイドライン」は、無人運行される列車だが、これが暴走したのだ。

 

幸いなことに、映画であるようなパニックムービー的な悲惨な結果にはならなかったが、ケガ人は出ている。

 

当然ながら、悪意はゼロの状態で事故は起きている。

 

ちなみに原因は、電気系統の断線だったとされている。

 

 

6月4日、福岡で暴走事故の究極のような事故が起きている。

 

建物に衝突して止まるまで数百メートルをアクセル全開のフル加速で走っているのだ。

 

加害車両に乗っていた老夫婦以外に死者が出てないのが不幸中の幸いだったが、運転手をよく知る人々は「そんな運転をする人ではない」と言っていた。

 

つまり、ここにも悪意はおそらく存在してない。

 

私たちは、危険察知するために自分なりのレーダーやアンテナを駆使してるが、そのレーダーやアンテナが反応するのは相手の悪意だ。

 

令和では、悪意を伴わない危険を察知する能力やセンスが求められそうだ。

 

そう考えると、自然災害なんていうのも悪意は全く無いんだよなと今更ながら思い出す。

 

情報をどんなに集めても、レーダーやアンテナが中途半端では何も情報を持っていないのと同じだろう。

 

せめて、通りを歩くときはイヤホンを外した方が良いかもしれない!