先日、ビル・ゲイツが以下のようなことを言って話題になっていた。
この発言ゆえにビル・ゲイツは、コロナウイルスを作った側の人間ではないかと揶揄されてもいた。
新型コロナウイルス:ビル・ゲイツ氏からのオープンレター Beautiful open letter from Bill Gates
この中で13の項目を上げている。
〜〜以下引用〜〜
1) 私たちは皆平等であることを想起させてくれます
2) 私たちはすべて繋がっています。ある人に影響があれば、他の人にも影響があるということを思い出させてくれます
3) 私たちにとって、健康がいかに大切なことかを思い出させてくれます
4) 人生の短さ、そして私たちにとって最も大切なものは何なのかを思い出させてくれます
5) 私たちの社会が、いかに唯物論的になってしまったかを思い出させてくれます
6) 家族、そして家庭生活がいかに大切かを思い出させてくれます
7) 私たちの真の仕事というものは、社会的職業ではなく、日頃の行いではないでしょうか
8) 自分たちのエゴを常に認識し合うこと
9) 私たち自由意志はすぐそこにあります
10) 我慢強さを見せるのか、パニックに陥るのか
11) 世の終わりか、あるいは新たな始まりなのか?
12) 私たちの地球そのものが病気ではないのか?
13) あらゆる困難のあとには、いつも安らぎがきます
〜〜引用ここまで〜〜
ここに上げられている13の項目は、どれも行き過ぎた資本主義や、行き過ぎた格差の拡大や、行き過ぎた自然破壊に対するアンチテーゼになっていると感じていた。
どれも競争があるがゆえに生じている現象だが、ビル・ゲイツの話は競争をやめろと言ってるわけではない。
キーワード的な言い方をするならば、求められてることはサスティナビリティだ。
Wikipediaでは持続可能性として載っている。
サスティナビリティは、地球環境やエネルギー問題として取り上げられることが多いが、この中にはそれらの問題が生じる原因としての人間の経済活動も入ってくる。
映画の中のセリフだが、ブルース・リーは闘いの極意を『Fighting without fighting(闘わずして勝つ)』と言った。
ビル・ゲイツの話は、このブルース・リーのセリフと重なって聞こえた気がする。
しかし、競争という闘いを繰り返す人間の経済活動に、どのように反映すればそうなるのかはピンと来なかった。
最近の日本の動きは世界基準から遅れると相場が決まっているので世界標準よりは2周も3周も遅れるものだと思っていたが、もしかしたら半周遅れくらいまで縮まったのかもしれないと思えるようなことが決まった(?)。
困ってる人を平等に扱ったことがなかった日本ですらこういうことが起こるとは思ってなかった。
一律10万円給付へ 公明 斉藤幹事長「5月下旬~6月初旬には」 #nhk_news https://t.co/K3lKR0a1pN
— NHKニュース (@nhk_news) 2020年4月16日
そんな平等にもケチを付けようと思えばできる。
全国民に一律10万円給付か
— AWA (@AYM31514213) 2020年4月16日
必要なのは平等ではなく「公平」
手当てというのは傷の深い人からするべきでしょ?
必要な人のところには厚く、必要でない人には薄く、が基本なんです。
公平と平等を履き違わないでほしい。
俺だってほしいけど、もとを辿れば税金ですよね。 pic.twitter.com/x7IwxVoZPQ
しかし、今はそこまで行かなくても十分に進歩したなと評価できるのだが、日本の政治の現場はまだ褒められる状態ではない
これは4月14日の読売新聞朝刊。「安倍首相の当初腹案は一律10万円給付だったが、限定30万円になったのは側近の今井さんと麻生大臣のせい」という記事。そしてその日に二階さんが一律10万円給付すべきと言い出す。15日に公明党が一律10万円を要求。16日に安倍首相が一律10万円給付を決断という流れ。 pic.twitter.com/0JrDgE4MgJ
— JSF (@rockfish31) 2020年4月16日
理由はどうであれ、政治の現場にも否応ない変化が忍び寄ってるように感じられる。
一回コッキリかもしれないが、国民一人当たり一律10万円支給というのは、これはベーシックインカムに通じるからだ。
概念だけの絵空事のように思われていたベーシックインカムは、世界中で無視できないものになりつつある。
ベーシックインカムは、従来の競争型社会に最低保証を一律に与えることで、格差の犠牲を防ぐとともに、競争の敗者復活を等しく可能にする仕組みで、決して怠け者生産システムではない。
しかし、日本では怠け者生産システムとして受け取られる傾向が強かったので政治の世界ではまともに取り上げられてこなかった。
しかし、コロナはほぼ全ての人に被害を与え、それ以上の不安を全ての人に与えている。
東日本大震災が津波と原子力発電所破壊で大被害を与えても、瞬間的に日本国民の3分の1にしか影響を及ぼしていないことを考えると、全員が等しく被害を受けている今がいかに特別かが分かる、しかも収束が見えてないのだ。
この後いずれ時間の問題で南海トラフ大地震や関東大震災だって起こるし、目先のことで言うなら梅雨の大雨や夏の台風がダブルパンチ、トリプルパンチで発生することにも備えなければいけない。
だとすると、被害からの敗者復活を容易にするシステムも早めに準備できることが賢明だと思える。
イヤでも世の中はベーシックインカムに向かわざるを得ないという思いが強くなる。
逆に言うと、この機に移行の兆しが見えなければベーシックインカムは日の目を見ないかもしれない。