これから梅雨になり、梅雨が明けて夏が始まると台風が気になるようになる。
この数年、大雨や大風が起こす被害が尋常じゃないレベルになっている。
コロナによる人間活動の低下が大気の汚れを短期間で劇的に改善させているという報告も多いが、一時的なものだとしても同様に地球温暖化にも影響が及ぶとしたら今年の梅雨や台風にも影響が現れるかもしれない。
ところで、自然現象のように物理的に起きる現象はすべて物理的に説明可能なのは当然だが、人類が歴史の積み重ねで得た知見をもってしても対処できないことはまだまだ多くむしろいたちごっこのようですらある。
自然災害の被害が出た場合、後からなぜ被害は起きたのかが物理的に説明されるが、そのことが分かるだけの知見があるのに被害は後を絶たない。
後から出てくる説明では、どこが弱点だったのかが指摘されるが、そこが弱点であることは被害が起きるまでは気付かず見過ごされてるか軽視されている。
自然災害の場合、一番弱い箇所が最初に壊れると次から次に弱い箇所が連鎖的に被害を受ける。
今回のコロナにも当てはまるのだろうか?
歴史上世界で多くの人を恐怖に陥れたはペストは日本では発生していない、発生がゼロということではなく、流行して恐れられたことがないという意味で。
ペストは、保菌してるノミや動物や人間を介して伝染するので、グローバル化されてない時代には日本は島国であることとと極東の地という立地から保菌者が入ってくることが少なかったからだろうと想像できる。
現在の日本はグローバル化し、かつ国内の移動も多種多様で活発でありながらも、コロナが抑えられているのは一般的に言われてる事情以外に、面積の割には細長い国土で海に囲まれていることも感染を弱めることに一役買っていたのかもしれないと思える時もある。
パソコンが普及し、ITが発達するにつれて日常用語になっていったことばに“トレードオフ”というのがある。
ざっくりと言うと、あちらを立てるとこちらが立たずという場合の、あちらとこちらの関係を示すことばだ。
現代社会で問題が発生する場合、弱点は追い求めていた強みのトレードオフとして発生することが多そうな気がする。
と言うことは、コロナで起きてるさまざまな不都合の陰にはトレードオフとしての好都合もあるのかもしれない。
新型コロナは私たちの生活をどう変えたのでしょうか。SNSではおおっぴらに言いがたい悲喜こもごも、さまざまな本音がアンケート結果から見えてきました。 #東洋経済オンラインhttps://t.co/paj7MlgX3E
— 東洋経済オンライン (@Toyokeizai) 2020年5月21日
リンク先の記事は後編で、150人へのアンケートの結果で見えたことが書かれていて、リンク記事の前に前編の記事も書かれている。
表に伝わる話としては、コロナ離婚など自粛生活やテレワーク生活を通じて夫婦仲が悪くなったという話は多いが、逆に夫婦仲が良くなったという事例があげられていたりするが、それを読むと決して特殊なケースとは思えない。
前編の記事には、夫婦関係以外に親子関係や友人関係などの人間関係に生じた良くも悪くもトレードオフと言えそうなことが取り上げられている。
後編の記事には、仕事やライフスタイルに生じたトレードオフが取り上げられている。
表で伝えられる仕事や収入が減ったりなくなったりして悲惨を強調する話の裏で、それを差し引いても良かったと思えることがとりあげられている。
コロナが流行ったおかげで、それ以前には望むべくもなかった生活を余儀なくされたことで価値観が180度転換したという話も取り上げられている。
コロナ前に楽しく感じたことや好きだったことに魅力を感じなくなった人が増えてるらしいが、筆者はその現象を、好きだったのは現実逃避の手段として用いていたからで、自粛生活という現実逃避を強いられると、どうでもよくなり別に好きではなかったと気付いたのではと感じてるようで、この意見にはわたしも同意できる。
コロナ前に、物欲を感じずシェアに魅力を感じていた人が、3密を排除したシェア生活が困難な現実に直面して物欲や所有欲に目覚めた話が書かれていたり、満員電車での通勤から解放されたことでどれだけ満員電車での通勤にストレスを感じていたかに気付いたりできて、期間限定の価値観だとしても、自分自身の内側の心と向き合ったからこそ気付いたことが良い意味であるようだ。
コロナの収束を望み、生活や仕事が元に戻って欲しいと思う気持ちのほとんどはお金のためだろう。
自粛生活やテレワークで、収入を得るためのトレードオフが何であったのかに気付いた人と、そんなこと言ってられない人に分かれているのだ。