テレビ等で昔の相撲取りの映像が流れると、現代の基準からすると少し体格が良い程度の人にしか見えないものを見ることがある、その映像の年代などをきちんと確認していたわけではなかったので単なる印象に過ぎないとも言えるのだが、ちょっと検索するだけでおもしろいことが分かった。
データで見ると相撲取りの体格は大きく変わっていたのだ。
見つけた記事からデータ部分を引用すると次のようなものだ。
■2018年1月場所 幕内力士42人
【平均】 身長184.2cm 体重164.0kg BMI 48.4
<身長上位3人> 魁聖194cm 勢194cm 輝、照ノ富士193cm
<身長下位3人> 豪風172cm 石浦、大翔丸174cm
<体重上位3人> 逸ノ城215kg 魁聖205kg 千代大龍197kg
<体重下位3人> 石浦116kg 千代翔馬136kg 松鳳山、荒鷲、阿炎140kg
■1968年1月場所 幕内力士34人
【平均】 身長180.9cm 体重130.6kg BMI 39.9
<身長上位3人> 高見山192cm 明武谷、豊山、義ノ花189cm
<身長下位3人> 海乃山172cm 若天龍、富士錦175cm
<体重上位3人> 若見山176kg 義ノ花172kg 高見山160kg
<体重下位3人> 若吉葉88kg 若浪103kg 若天龍106kg
■1918年1月場所 幕内力士48人
【平均】 身長174.6cm 体重102.9kg BMI 33.8
<身長上位3人> 對馬洋190cm 柏戸189cm 太刀山188cm
<身長下位3人> 小常陸159cm 土州山164cm 竜ヶ崎、弥高山167cm
<体重上位3人> 太刀山150kg 大錦140kg 西ノ海139kg
<体重下位3人> 石山81kg 逆鉾86kg 岩木山87kg
出典は
https://number.bunshun.jp/articles/-/829707
体重だけではなく身長(平均)も大きく変化していることが分かるが、当然ながら身長の伸びには限度があることも見えてくる。
では普通の日本人の体格の変化の推移はどのようになっているのだろうかと探してみた。
多くのデータは1950年前後以降を扱ったものだったが、もっと長期に渡るものを探すと1900年(明治33年)以降の推移を教えてくれるものがあった。
出典は
https://graphic-data.com/page/sport/001.html
昭和15年から昭和22年の間のデータは戦争で満足なものがなかったため途切れているが、終戦後のデータの最初がそれ以前のものより落ち込んでいることが分かる。
データが抜けてる戦争期間中の食料事情を含めた生活事情が偲ばれる。
太っているとされる体重は時代によって違う。
私が子供の頃、男性で体重が80kgと聞かされると、きっとプロレスラーだろうと思っていた、体重80kgというのは普通の生活では一種のボーダーラインだったように感じてる時期があったが、自分が社会人になる頃には体重80kgを越える男性は周りにざらにいたし、スーツを着て腹周りが隠れていると太ってるようにすら見えない人も多くなっていた。
私のなんとなくの印象論だと80年台後半から90年台初頭までのバブル景気の頃が太った日本人が増え始めた境目の時期のような気がするが、上記のデータで見るとそんな気配でもない。
そう言えばと思い出すのが、昔は家庭では冷房は昼間からは使ってなかったような気がする。
昼間は暑くても汗をかきながら過ごしていたような気がする。
体を動かさなくても昼間に汗をかいて過ごすとあまり太らなかったような気がする。
それに対して冷房環境でデスクワークが多いと、通勤や移動で少々汗をかいても簡単に太るようになった気がする。
最近では基礎代謝を理由に年齢が上がると太りやすいと言うようになったが、年齢が上がるほど冷房環境を含めて楽な環境で過ごしているからのような気もしてくる。
日常生活に楽(らく)が増えたことがジムが増える理由だとすると、少し滑稽な気もする。
太っているというのは見た目の印象や体重で語られていたが、徐々に身長や筋肉量も考慮して語られるようになり、現代では体脂肪率で語られるようになった。
体重計に乗るだけで体脂肪率も計測できるようになったのはタニタが1992年に実用化してからだが、普及したと実感できるようになったのは21世紀に入ってからだ。
体脂肪率という指標が定着したことで、太る痩せるのあり方も変化している。
太る痩せるということは、食べる(=摂取カロリー)と運動(=消費カロリー)の関係で捉えられることが多いが、どうもそれだけでは全然足りないで、別の多数の要素の影響を受けているのは明らかだと思っている。
太る痩せるという簡単に思えることは実に謎に満ちているような気がしてくる。