前作で大ブレークしたドラマ半沢直樹は業界内の様々な事情やしがらみの関係で、続編が期待されてるにも関わらず続編が動き出すまでにずいぶんと時間がかかった。
期待が大きい分だけ、作り手にはプレッシャーだっただろうが、それは観る側ににとっても同じことだ。
観る人の多くは単なる暇つぶし以上の極上のエンターテインメントを期待していたはずだ。
わたしは前作の半沢直樹で初めて堺雅人という俳優を知った。
わたしにとっての半沢直樹のおもしろさは堺雅人のおもしろさであった。
そして、堺雅人さんの出演作を検索し、多くのものを観たが、その結果半沢直樹よりもおもしろいと思ったのはリーガルハイだった。
全くジャンルを異にするこの二つの作品の共通点は、一言で言うならリアリティへの感情移入だと感じられた。
半沢直樹のリアリティは、現実社会はこうなのかもしれないと言うリアリティ。
リーガルハイのリアリティは、こんなこと現実にはないけど、心理描写にはとても共感できるリアリティがあった。
共感できるリアリティを感じられたのは、直接的には堺雅人さんの演技力に負うところが大きい。
演技に関しては、脚本の巧みさが不可欠。
単なるストーリーや場面設定というだけでなく、出演俳優の特徴を引き出すセリフや言い回しを与えなければいけない。
堺雅人さんの背筋がピンと伸びた姿勢に合い、滑舌の良い長ゼリフもこなせる鮮やかな喋りを活かせるセリフがドラマを盛り上げるのだ。
そしてさらに重要なことは脇役をそれなりの重鎮で固めることで、半沢直樹に関しては歌舞伎役者がその役を担っている。
トレンディドラマだと知名度が高いだけの人を脇役に据えることが多いが、ここに演技派の人を据えるとグッとドラマが締まるのだ。
歌舞伎役者の大袈裟なセリフ回しと顔芸は、着物を着た舞台ではなく現代という設定を与えると、その世界観に感情移入でき没入できるのだ。
全然ジャンルは違う話だが、現代は演歌歌手が演歌を歌っても賞賛は受けないが、演歌歌手がジャズなどのカバーを歌うと歌のうまさや醸し出す雰囲気が絶賛されるのに似てる気がしている。
脚本家は前回とは変わっているので不安視する声は一部にあった。
初代の半沢直樹と違って、二代目の半沢直樹は少しリーガルハイの側に寄ったような気がする。
状況設定的にはリアリティが高いとはいえないのに、感情が共感できるリアリティはちゃんとあることで、エンターテインメントしてのレベルが上がっていると感じられる。
前作に比べると視聴率が悪いがそれでもコンスタントに20%以上をマークしていると言うことは期待を裏切ってないと言う証だろう。
視聴率が前作より下がっているのは、選挙でいうところの浮動票が取り込めてないだけで、今という時代にはそれを望むのは酷な話だ。
いわゆるビッグデータで半沢直樹を俯瞰すると、視聴者層にはかなりの偏りがあるのかもしれない。
女性や若い人は、半沢直樹をおもしろいと思ってるのだろうか?