昨年の2月27日は木曜日だったが、この木曜日に週明けの月曜日(3月2日)から一斉休校にすると発表されたことから、一気にコロナが生活の身近に影響を及ぼし始めたことを感じた方が多いだろう。
この時期から以降今日に至るまで、世間はそれまで以前よりも一層空気に振り回されることになった。
ただでさえ空気の影響が強い日本だったが、さらに強くなった。
こんなことを思い出したのは今朝読んだこの記事のせいだ。
伊集院光が1年前に初めて新型コロナの影響を感じた瞬間は「ECCがスポンサーを降りたとき」
「見事なもんでさ、終わっちゃってから1年たぶん経ってない、ギリ経ってないと思うけど、全く喋れないし、喋る気もないね。こんなにかね……」と自身の事にも拘わらず驚き、「あんなにやる気あったのに……。それこそ、収録終わった後に、向こうのご厚意でレッスンまでやってもらって、で、テキストにあんなに書き込みして覚えたのなんて、何年振りどころか学生のときもしてないぐらい、すごい覚えたのに跡形もない(笑)。何をやってんだよこの1年……」
一斉休校が発表される少し前の2月21日の2020年東京五輪・パラリンピックの日本選手団が着用するオフィシャルスポーツウエアの発表会で、東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が「私はマスクをしないで最後まで頑張ろうと思っているんですが…。どうぞお帰りになったら手を洗うとか、特に選手は気をつけて風邪など引かないようにウイルスをもらわないように」などと発言。
その発言で、日本の主要なマスコミが、オリンピックに向けて空気を読んだ報道をせざるを得なくなったと言われている。
なぜ、空気を感じ空気に従ったかというと、ネガティブな報道をしたマスコミには取材パスが発行されないという懸念が、圧力として作用したから。
取材パスは、IOC(国際オリンピック委員会)が発行し、認証するJOC(日本オリンピック委員会)を経由して申請者側に渡されることになっているが、取得は非常に難しく、会社の規模だけでなく過去の大会の取材実績も大きくモノを言うといわれているので、森喜朗会長の機嫌を損ねることはご法度なのだ。
この時期以降、オリンピックの意義は、経済的な面で語られるようになり、経済的な損失を懸念する人や組織や企業は空気を読まざるを得なくなっていた。
<参考>
それから1ヶ月後の3月24日に2020東京オリンピックの延期が決定。
それから約1年。
東京五輪組織委・森喜朗会長が「一番大きな問題は世論」と開催に理解求める 2/2(火)
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、最近の世論調査では大会の中止・再延期を求める声が約8割を占める現状がある。
「困難な時期に日本が五輪をやり遂げたことが世界に大きなメッセージになると思って、準備を続けている」と重ねて大会への強い意欲を示した。
別の報道では、準備の一例が報じられていた。
森喜朗会長「有名人は田んぼを走ればいい」五輪聖火リレー“密”対策で持論 2/2(火)
「人気のあるタレントはあまり人が集まらないところを走ったらいいじゃないか。田んぼ(の沿道)で走ったらいいんじゃないか」
ネット上では、オリンピックではなくモリンピックだという声も上がっている。
冒頭で紹介した伊集院光さんの話は、それなりに熱意を持って取り組んでいた英語だったが、理由はどうあれきっかけが奪われると、1年後には熱意をもって取り組んでいたことすら忘れていたという話で、空気が一変していたという話だ。
空気の影響を強く受ける日本人は所与性に振り回されがちだが、それは一般的には価値観が変化しないということを意味する。
しかし、この1年は空気自体は動き続けてることが感じられる。
『何をやってんだよこの1年…』と言いながらも、価値観の変化は起きている。
これまで動かなかったものが動き出してるとするならば悪いことばかりではないかもしれない。
今のところ結果は不平等かもしれないが、及んでる現象は平等なのだと思って対処するのが賢明なはずだ。