違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

他人を気持ち良くさせろ!

他人を気持ち良くさせると言っても、エロ話ではないし、お世辞やおべんちゃらで相手を持ち上げるという意味ではない。

 

昨日ブログに書いた完売画家の中に、『絵画は窓の役割を果たしてきました』とある。

 

住宅の開口部の大きさに応じて課税されていた16世紀から17世紀のオランダのアムステルダムでは間口が狭く奥に長い住居が多く、同じ作りの家がぎっしりと隣り合って並んでいるので窓が少なく、あっても外を見渡せるようなものではなかった、そういう環境では絵画は窓の役目を果たしていたと例に上げられていた。

 

絵画を求める人の心理としては、上手いとか綺麗という以上に気持ち良いということが求められたはずだ。

 

その気持ち良さは、窓がない壁に窓を設けたらどんな景色や風景や人やものなどが見えたら気持ち良いかと同じはず。

 

決して一つに決められるものではなく、気分や季節によって違う絵に掛け替えるということも行われたはずだ。

 

画家は、自分自身が描きたい絵しか描けないだろうが、その絵が売れなければ生活できないという意味では売れる絵を描かなければいけないのだ。

 

自分が描きたい絵が、お客を気持ち良くさせることができなければ売れない。

 

 

ビジネス論では、顧客重視や顧客第一などとお客の心理は重要なテーマとして取り上げるが、多くは損得やメリットデメリットで語られる。

 

そう言えばと思い出すのが、まだiPhoneを出す前のマイナーなAppleを熱烈に支持するApple信者はMacはフォントが気持ち良いと言っていたことで、その後この意味をわたしも実感することができた。

 

フォントが気持ち良いと、ネットで同じニュースを読んでも内容の伝わり方が違うということを実感できたものだ。

 

スティーブ・ジョブズはカリグラフィの専門家だったのでフォントへのこだわりが強かったのだ、ビル・ゲイツとの違いが対照的で興味深い。

 

 

最近の日本社会の風潮では、安く買えると気持ち良いという傾向が強そうだが、実際には多様な気持ち良いが存在するはず。

 

 

他人を気持ち良くさせる、ということは研究に値するテーマのように感じられる。