違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

『上から目線』あれこれ

目線と目線が合うことで恋愛が始まることもあれば、ケンカになったり時には殺し合いになることすらある。

 

そんな場で何が起きていたかをことばで表現しようとしても野暮なだけだ。

 

ことばを超えた目線表現の応酬の結果が強い動機につながるだけ、ことばを交えないことで誤解に基くことも少なくないだろうが。

 

 

そんな目線の一つに上から目線がある。

 

高高度から見る俯瞰とはまるで違う。

 

高さの違いなどほぼないのに上からに感じる目線は、人間の原始的な感情と強く結びついてるはず、だからこそ振り回されるのだ。

 

 

 

 

 

なんとも斬新な意味の『上から目線』だなと感じられたが、その場にわたしがいたとしてこのおばさんをギャフンと言わせることができることばを持ち合わせているかというと、持ってないし思い当たることばすら浮かばない、警察を呼んだってこちらの望むように対処してくれない可能性の方が高いかもしれない。

 

 

『上から目線』と相性が良さそうな表現には『何を偉そうに』や『なんかムカつく』が思い当たる。

 

つまり、目線の主を自分より上だとは認めてないかむしろ自分より下とすら思っているのだ。

 

従う気がないのに従わされている世間の慣習や常識そのものへ投げかけている目線でもあるだろう。

 

 

相手のことを思って、気付きを与えたり、改善のヒントのつもりで発せられる指示(指令、命令)やアドバイスですら、嫌がらせやハラスメントと同じ扱いを受けることに通じるだろう。

 

以前はジェネレーションギャップと呼ばれていたような現象である程度はしょうがないと思われていたことが、やってはいけないことの仲間入りをし始めているのだ。

 

それどころか紹介したツイートのように無敵の人にとっての決めゼリフと化してるようですらある。

 

心の底に抱えた不満や怒りがコミュニケーションを拒否する場合に出てくるのが『上から目線』。

 

おもしろいのは、双方ともに相手のことを上から目線と感じてることが少なくなさそうなことだ。

 

会社内や組織内や部活内では上下という序列が存在することが事の始まりかもしれない、それに加えて昔ながらの年長者という存在もある。

 

上から目線に苦しむ人や悩む人は、強い上下意識の持ち主でもあるだろうし、上に対する強いコンプレックスや怨みだって持ってるかもしれない。

 

おとぎ話だが一休さんの話を思い出す。

 

上の人物から無茶振りされた件に頓知で切り返すという話、屏風の虎の話や橋の端が有名。

 

上から目線がハラスメント扱いになると頓知の出番など消えるばかりだろう。