違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

ガチャの壁

映画タイタニックは、主人公の二人ジャック(レオナルド・ディカプリオ)とローズ(ケイト・ウィンスレット)の恋愛映画として語り継がれている。

 

映画の大半は冬の寒く冷たい海が舞台なので夏に観ると清涼効果が感じられる、きっと猛暑にも効果があるだろうと観てみた。

 

これまで何度も観てきて、個人的には恋愛映画というよりもジェットコースターのような人生物語だと感じていた。

 

久しぶりに観ると、これまでには感じなかったことを感じた。

 

主人公の二人は今風に言うところの『親ガチャ』で大ハズレの人生を送ってる途上で出会いそこから物語が始まっていたのだ。

 

ジャックは、出航直前に博打で乗船券を手に入れた、本来乗るべくして乗った身分ではなく、実際に出自も不明だしその記録や届けも出されているかどうかも怪しいという人物。

 

当然親が誰なのかもよく分からないのかもしれない、究極の親ガチャのハズレだったかもしれないが、もしそうだったなら親を恨もうにもその親の顔すら分からないから恨みようもなかっただろう。

 

一方ローズは名家の生まれだがすっかり没落し、それでも贅沢で見栄を張った生活をやめられない親から金のために政略結婚させられるためにタイタニックに乗船していた。

 

無い無い尽くしのジャックはタイタニックに乗船できたことで根拠はないが大いなる夢と希望を感じていた。

 

方やローズは金持ちとして生きていくことは保証されていたが人生に絶望していた。

 

親ガチャにハズレたという共通点を持ちながらも持ってる思いはまるで違う二人の物語が映画タイタニックだったのだ。

 

映画が公開されたのは1997年、その頃の世の中だったら博打で掴んだ乗船券でも有効だったということには何の不思議もないし、実際にタイタニックが存在したのはさらに90年前だったのだから。

 

もし現代の物語だったら、乗船券購入時の名義と乗船に際して身分証の提示などが必要になり、映画のような展開は描けないかもしれない。

 

現代の親ガチャは意識し始めると深刻の度を増すばかりかもしれない。

 

極めて日本的に感じる『親ガチャ』という表現だが、これに相当する英語表現には『Lottery of Birth』がある。

 

直訳すると、誕生の宝くじ。

 

親ガチャを含めて何らかのガチャを背負ってしまうとそこから抜け出すのは簡単ではない、努力なんて安易な言葉はきっと無力だ。

 

プロセスはともかく何らかの結果や実績が重要になる。

 

詐欺が増えこそすれ減らないことと無関係ではないはず。

 

親ガチャについて多く書いたが、世の中には無数のガチャがある。

 

多くの人がガチャの壁に直面してるはず。