出場や参加に必要なコストをエントリーフィーと呼ぶ。
高速道路を走るために料金が必要なのもエントリーフィーだ。
そういう意味では社会に参加するためのエントリーフィーは税金となるだろうし、現代ではスマホの所有における料金負担もエントリーフィーに該当するだろう。
大前提として利用する人で必要なコストを賄うという思想の上に成り立つのがエントリーフィーと言えそう。
長い目で見ると、補修や修理もエントリーフィーと言えることに気付く。
一方で近年台頭著しいのがいかなることでもコストの負担を嫌がり無料でできることを望むフリーライドという概念。
フリーライドが成り立つのは、必要なコストを誰かが負担してるからで、多くは広告宣伝費だ、つまりスポンサーがいるから成り立つということ。
そんなフリーライドは勢力が拡大すると寄生になって行く。
フリーライド勢力を加速させるのは格差だ。
寄生の度が過ぎるようになると現象としては双方がすり減る共喰いになりがち。
フリーライド派を排除しようとすると招くのはきっとさらなる治安の悪化。
なおエントリーフィーは金銭に限る必要はない。
金銭以外がどのように広がるかあるいはどのくらい多様性を見せるかでその社会の豊かさや懐の広さが分かるようになるだろう。