パナソニックが分社化ししかもテレビ事業は売却するというニュースが流れていた。
パナソニックという名称に変更されたのは2008年、それまでは松下電器産業で松下電器産業時代のブランド名がNationalでPanasonicもブランド名だった。
この会社の大きな特徴は創業者の松下幸之助がビッグネーム過ぎて常に背後霊のように付き纏うことだったが、関係者は守護霊として利用していた。
しかし守護霊だろうが背後霊だろうが邪魔になり始めたのだろう。
似たような会社には本田技研工業があり、創業者は本田宗一郎。
パナソニックも本田技研工業も創業者は故人となって久しいがネームバリューは抜群だ。
本田宗一郎が世襲を嫌うような自分を律する人だったので背後霊の度合いは小さい気がする。
ネームバリューが抜群という意味ではAppleのスティーブ・ジョブズもいるが似ても似つかないと思う人は多いだろう。
松下幸之助や本田宗一郎に比べるとネームバリューは弱いがSONYの創業者の井深大と盛田昭夫もビッグネームだ。
しかし、これらのネームバリューもクイズとして生きてる程度というのが実態でとうに賞味期限切れだ。
さて、では創業者あるいは実質的創業者がまだ現役の企業やブランドのビッグネームはどうだろうか?
ソフトバンクの孫正義やUNIQLOの柳井正は誰もが知るビッグネームだが両者とも経営者としては有名だが他人には真似のできない何かを作り上げた人というイメージは薄い。
他にもいるがビッグネームというには小者に感じるから取り上げない。
現役のネームバリューがある人は、流石に影響力が強いという意味では賞味期限内だと感じられるが、美味しいかと問われたら微妙だし、そもそも最初から本当はそんなに美味しくはなかったような気すらする、ちょっと珍しくてちょっと新しかっただけのようにも感じる。
それに比べたら今だったら大谷翔平なんて日本人以外にとってもビッグネームだろう。
そんな大谷翔平ですらいずれは『ああ、そんな人がいたね』という程度になる日が来るはず。
上記で名をあげた人たちは承認欲求なんてあるのだろうか?
もしかしたら凡人には理解できないほど強い承認欲求に取り憑かれているかもしれない。
しかしこうやって改めてネームバリューについて考えると、自分のことを知ってくれるのは身近な家族や親しい人だけで充分だと思えてくる。
こういうのも断捨離だろうか?