『4スタンス理論』なるものを知ったのは約一年前。
私の場合は新体操の山崎浩子さんの『運動のトリセツ 筋トレより軸トレ』を読んだことがきっかけ。
一言で言うと身体の使い方には癖があり、その癖を肯定的に捉えることが大事という話。
癖は矯正するもの、そういう教えが日本人には染み込んでいることだろう、しかしながら数多くの教育や指導の現場では先生や指導者の持ってる癖の塊のような理論の押し付けが矯正と称されているだけというケースが少なくない。
山崎浩子さんも著書の中で昔の教え子に詫びていた、「私の偏った意識のせいで指導と称して伸びる芽を摘んでいた」と。
さて、最近『体癖』なる概念を知った。
4スタンス理論と根っこの部分では共通するような話。
体癖とは身体を構成する骨格や内臓の働きとリンクしているという話だが、きっとその延長線上には思考の癖にも影響が及んでいるだろうし、結果として価値観の癖にも影響を及ぼしているだろう。
最近改めて気付くのは、この一年で意識がかなり変化したということだ。
これまでは鍛えることは、それが身体であろうと頭であろうと抗うことだと思い込んでいたが、それよりも楽しもうとすることの方が効果的だと思えるようになった。
抗う場合は目標や目的がありそうで無く、楽しもうとするのは意外と目標や目的がはっきりしてるということに気付けるようになった。
癖にはきっと深い意味がある、その意味は自分にとってだけ重要なもので共有が成立するようなものではない、同じ癖に見えてもまるで違うはず。
癖とはきっと生き方そのもののはず。
癖が変化する場合は矯正によって変化するのではなく生き方が変化するからだ。