違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

二択のように見えて三択

本音の反対語は建前。

 

本音とは、嘘偽りのない本当の気持ち。

 

建前とは、本音を隠して意見を述べたり行動すること。

 

辞書にはこう出てくる。

 

 

しかし、現実の場では本音とは言いたいけど言えないこと、それもネガティブなニュアンスのことを意味してきた、毒舌なんていうのも本音の一種、本来の毒舌は辛辣な皮肉の意味だが、それこそが本音とされてきた。

 

必然的に建前とは世を偽る仮の姿というニュアンスになる。

 

そんな本音と建前の関係が変化している。

 

MeToo運動や各種のハラスメントの発覚で、『NO』を突き付ける人が増えたからだ。

 

従来の本音とされた考えや行動に対して不快感を持ってる人が多かったからだ。

 

つまり、この場合セットで機能していた建前は、不快な気持ちを感じてもそれを押し殺すことが大切だという空気になる。

 

 

しかし、不快なものは不快だという気持ちは隠せなくなった。

 

本音が、『好きなものは好き』『嫌なものは嫌』とはっきり表明するように変化した。

 

従来の本音である『言いたいけど言えない』というニュアンスと重なる部分も残るが質的な変化が起きている。

 

共通してそうなのは、本音は言う相手を選ぶことは大事ということだ。

 

本音は仲間も作るが敵も作りやすい、だから本音を言う相手は間違ってはいけない。

 

 

来たる7月20日の参院選は話題に事欠かないように見えるし世間の関心も高いように感じるが、最近10年の選挙はいつも同様だった、しかし投票率は上がらない。

 

本音と建前は別々の独立した存在ではなく一続きあるいは一連の関係と解釈する方が相応しそう。

 

だとすると、本音も建前も一つのグラデーションの上に存在することになる。

 

つまり、本音とも建前とも言えない領域が存在することになり、その多くは無関心なのだ。

 

従来の発想だと二択だと思い込んでいた本音と建前は、大きく深い無関心を含んだ三択として機能するのだ。

 

上記で挙げた事例は限定的だが、表面的な価値観の多様化が進めば進むほど、好き嫌い、良い悪い、のような二択に見えることの多くは大きく深い無関心を含めた三択になる。

 

その結果多数決的な決定方法が、多数には支持されてないものを選ぶシステムとして機能することが当たり前になりそうだ。

 

 

来たる参院選、投票結果以上に投票率に興味が湧く。