おもしろいツイートが流れてきた。
30代になった女がヨガやったりピラティスやったり発酵食品食べたりして体に気をつかう理由がわかった
— 伊織@喪女で生きることが限界なOL (@genmojoaro30) 2025年8月22日
純粋に体調が悪くなるからだ
今まで気取ってるとか思ってごめん
気をつかわないとほんとに体調悪くなる…
あれは生活していくためだったんだ…
寄せられてるリプライには内容に同意するものが多く、40代になるともっとだと訴えるものがあれば、50代になるとさらにもっとになるというものが目に付くのがこのツイートを味わい深いものにしていると感じた。
他人から押し付けられる自己責任ではなく、自分で自覚する自己責任だからだろうが意見を述べてる人の多くが納得しているのが興味深い。
この夏の自己責任の話題でいうとこんなものもあった。
「清太が死んだのは自己責任」と言う人をよく見ますが、それではここで高畑監督の言葉を見てみましょう。
— 大神 (@ppsh41_1945) 2025年8月15日
まさに今、日本には高畑監督が恐れていた「西宮のおばさん以上に清太を糾弾する意見が大勢を占める時代」が到来してきている。#金曜ロードショー #火垂るの墓 pic.twitter.com/KKa92kNwAc
火垂るの墓に感じる悲しさや恐ろしさの解釈は人それぞれだろうが、自己責任の同調圧力が潜んでいたなんて指摘されるまで気付かなかった。
日本の世間は、弱者に自己責任を押し付ける。
だから勝ちたいと思う人が多いが、ほんの一握りの頂点にいる人だけが比較などすることなく勝ちを手に入れるが、一見勝ってるように見える人のほとんどは結局負ける人になることが避けられないとするなら、せめて健康(この定義も人それぞれになるだろうが)くらいは自己責任で納得できるものを手に入れたいと思うのは最後の砦のようなものかもしれない。
自分にとって納得できる自己責任に属するものや価値観が何になるのかは、きちんと理解しておかないと同調圧力の餌食になることが避けられなくなる。