違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

動機の背後のストーリー

ツッコミどころが満載な記事が流れてきた。

 

「将来が不安で」コンビニでおにぎりやクッキーを万引きか 48歳会社員の女逮捕 店から「毎日被害に遭っている」相談を受け警察が警戒中に

 

 

多くの人は低レベルに感じたであろう『将来が不安で』という動機は、言い訳としても低レベルだと感じただろう。

 

しかし、人間が何かの行動を起こす際の動機なんてこのレベルがほとんどではないかと思い直すと身につまされる。

 

明日は我が身であっても不思議はないかもしれないからだ。

 

 

動機の背後には必ずストーリーがある。

 

人間関係が発生する場には必ず一致しないストーリーが生まれる。

 

一致しないストーリーが生み出す葛藤はある日突然弾ける。

 

打算や欲で結びついている割り切ってるはずの人間関係であってもだ。

 

 

自民党との連立を解消した公明党にとっては、長年ずっと考えていたテーマだったが、そんなことは微塵も考えてなかった自民党にとっては突然別れを切り出されて『なぜだ?』と慌てふためいている。

 

一見突然壊れるような人間関係はたくさんある、夫婦(恋人)関係や友人関係などに典型的に起きることでもある。

 

志や夢で結びついてるつもりの人間関係なんてもっとも脆いのかもしれない。

 

逆に、良くないことを実感しながらもダラダラ続く人間関係もある、主従関係や依存関係や共犯関係などだ、きっと背後にあるストーリーがお互いに噛み合うからだろう。

 

 

当事者の誰もが自分勝手なストーリーを作り上げそれを正当化させる、巧妙なものは合法の枠を超えないように展開されるがストーリーは法の枠なんて簡単に超えるから『なんでそんなことが起きるんだ』という事件や事故が後を絶たないのだ。

 

それが脳内で生成されるストーリーの力だ。

 

生成してるのはAIではなく自分自身。

 

 

脳内に留まってれば良いが、それは行動を伴い脳外に作用する。

 

 

生成AIの暴走を懸念する声を聞くこともあるが、それよりもはるかに怖いのが人間の脳内で生成される自分勝手ストーリーが行動を伴った時。

 

養老孟司先生が『話せば分かるなんて嘘』とバカの壁で教えてくれたように、自分勝手な脳内ストーリーに取り憑かれたら話し合いなんて成立しなくなる。

 

そしてそんなリスクを現代に生きてる全ての人が持っているのだ。

 

何が起きても不思議はない、そういうつもりで生きる必要があるし、もし何の不都合も無く生きられてれば大したことはなくても超幸せなのが現代なのだ。