男性にとってのネクタイと女性にとってのハイヒールは礼儀やマナーとして扱われることが長く続いた。
男性にとってのネクタイは本当は嫌がってる人も多かったが、ネクタイをしてないと貧相でだらしなく見えるからイヤイヤでも使わざるを得ないのに対して、女性のハイヒールは足が痛いや歩きづらいといった理由があったとしても嫌いにはなり切れないという違いがあると言われていた。
しかし、価値観の変化は確実に起きている。
ハイヒールを履かなくなったのはなぜ?SNSの議論から見えた本音と社会変化
今回の分析では、多くの人が外反母趾や腰痛、膝痛などの健康上の理由から、そして、災害時の避難、長時間歩行の苦痛といった実用性の観点からハイヒールを敬遠する傾向にあるということが分かりました。とりわけ東日本大震災以降に履かなくなったという声が複数見られました。一方で、ハイヒールの見た目の美しさを評価し、特別な場面では履きたいという意見も多く、完全になくなることを惜しむ声もあります。社会的には、女性の働き方やファッショントレンドの変化、特に就活や職場でのハイヒール強制に対する批判的視点も見られました。
コロナ禍で強制的な自粛があったことで変化は起きていると言えば起きていたのだがこんな価値観の変化も顕著なようだ。
名古屋“錦三”のママ「二次会が減った…」 全国で相次ぐクラブやバーの倒産 物価高や人件費高騰で夜の街ピンチ!? 一方で不動産は“繁華街の物件”争奪戦
この記事では、昔からあるスタイルの店は減る傾向が強いのに対して、新規に低コストで出店できるような場合に限れば元気があるらしいと書いてある、飲食店あるあるの典型にも感じるが。
コロナ禍や継続的な不景気や物価の高騰などを経験すると、財布の中身や自分の価値観に照らし合わせての持続可能性に疑問が出ることへは拒否反応が強くなるのは当然で、そうなれば自分が価値を認めないことに対して『NO』と言う人は増える。
メリットが無いと感じる人間関係や交際関係にも『NO』を突き付けるのに抵抗が少ない人が増えるのもまた当然だ。
ノーベル賞の時期になると必ず話題になるのが『日本は基礎研究に価値を認めなくなった』ということ。
基礎研究に価値を認めなくなった人たちが大好きなのが効率化だ。
効率化の犠牲になってる人であっても、効率化が悪いとは思ってない人は少なくないかもしれないが、そんな人たちでも『なんか違うかも』と心のどこかでは気付き始めてるかもしれない。
自分ではなく世間や空気が作り上げた価値に迎合しても結果オーライなのもまた人間なのだが、結果オーライとはならなければ誰だって『NO』なはず。
そういう時代にきっとなっているのだ。
遅かれ早かれNOを突き付けるなら早い方が良いかもしれない、目先の良い目には会えないかもしれないが、早く適応する方が知恵だって早く身につくはずだから。