知らないことを知ることは勉強や学習と呼ばれることが多い。
しかし別の表現をするなら、『知らない情報』を『知ってる情報』に変えることだとも言える。
『知らない情報』の中には『知る必要がない情報』もあれば『知りたくない情報』もあるだろうが、知るとワクワクする情報もあれば知って良かったという情報もたくさんある、はず。
Twitterで次のような呟きを見つけた。
買わせようとする情報ばかり
必要だと思い込ませる情報ばかり
得だと思い込ませる情報ばかり
タップさせるための詐欺タイトルばかり
欲望、恐怖、不安、焦燥感を煽る情報ばかり
ニセのインスタント解決策ばかり
これが情報の世界
カネが人を狂わせながら腐らせることにまだ気付かないのかなぁ...
情報を巡って人間がとる行動はすべて、勉強であり学習になる。
そこで展開される勉強や学習は、その情報の解釈だ。
情報の解釈とは、その情報をどのような物語で彩るかでもある。
上記で引用した呟きに記された情報は、きっとどれも物語化されて表現されてるはず。
情報に反応する場合はほぼ確実に、物語の方に反応している。
他人が作った物語の中で自分の役を演じようとすることが正当化できるのはエンタメとしての演劇だけだ、それ以外は自分の人生を生きることにならない。
それがどんな情報であれ、物語は自分で作る習慣をつけた方が賢明だ。
そんな物語は脳内で即座に作り上げてはいけない。
冷めた目線で、実現可能であることと自分が主役になれることに確信を持ててからだ。