人々がなんとなく信じてる公式がある。
結果=運✖️実力
だから、より良い結果を手に入れるために簡単な方である実力を高めようとする。
ありがたいことに、実力を高めれば運も味方するなんて教えは世にたくさんある。
しかし残念なことに現実は、運も実力も変動幅が大きい。
どちらも振れ幅が最大のタイミングであれば最高の結果が得られるが、現実にはそんなことは滅多に起こらないから、多くの人が一喜一憂しながら苦悩する。
運と実力では、コントロールできそうなのは実力だと感じがち、もちろんこの場合の実力には実力の発揮だけでなく実力の向上も含まれる。
しかし、そんな実力も運の一種だと思い込む人も意外と多い、そういう人が実力の発揮や向上を考える場合には神の存在や宗教は依存のレベルで欠かせなくなるだろう。
そんな風に惑わせられるのは、いつもと同じように振る舞ってるつもりなのに結果だけは大違いという体験が誰にでもあるからだ。
大したことしてないのにやたらと結果が良かったことがあれば、頑張っても頑張っても結果がついてこないなど。
さて、統計の世界には平均回帰という考えがある。
考えというよりも現象だ。
なぜかを考えてもしょうがない、起きてしまうのだからしょうがない。
どんなに変動が大きくても結果として平均に収束するという現象だ。
テストの点数が良かった、あるいは運動の記録が良かった、しかし次回は大したことない、というような個人レベルのケースから地球規模の地球温暖化という現象ですら同時に地球の寒冷化とセットで語られるようなケースまである。
大谷翔平さんのおかげで価値が高まった睡眠は、覚醒時のポジティブでアクティブな生活を見事に平均回帰させる働きをしてると感じさせる。
順位や肩書などを争う行為の反動が、競争しない自分らしさの追求のように、世の中の動きだけでなく個人レベルの生き方でも長い目で見るとプラスマイナスゼロのような動きが感じられる。
これまで競争などと無縁で生きてきた人がいるなら、ある日から競争に目覚めることだって起きて不思議はない。
平均回帰という観点で自分の生き方を振り返るのは、未来の価値を高めるはずだ。