経済やビジネスの現場では吸収や合併がよく行われる、また吸収や合併が拡大を意味する場合には複雑さが増すが、複雑化するシステムや仕組みは単純化させた方が無用なトラブルを避けやすくなる、このような流れを一言で表現しようとすると統合になる気がする。
人間同士が持っている多様な価値観を野放しにすると不都合だと感じるような場合にも価値観や意識の統合は有効だ。
マイナンバーカードの普及や紐付けされる情報やサービスはまさに統合だと感じるが、最初は上から押しつけられたものだった。
やがてマイナポイントという飴をぶら下げられたりして多数が登録するようになった。
それでも抵抗していた人たちがマイナカードと健康保険証を紐づけないと病院で治療ができなくなる、というところまで統合の完了は進んでいる。
さて、統合の進行を見てるとそれに右往左往する大勢の人の姿が見えるが、意外と見えないのが裏方として動いていた人々の存在だと思えてくる。
上記に挙げた吸収や合併をはじめシステムや仕組みなど各種の統合劇の裏には各種のプロフェッショナルがいる。
これらのプロは依頼を受けて動く黒子で、成果は依頼者に帰属する、もちろん黒子にとっては成功の実績としてのご褒美はある。
そんな裏方として動いているプロフェッショナル黒子がやっているのは代理だ。
当然ながら、依頼者が自分でできるなら裏方や黒子は必要ない。
自分でできるならと書いたが、もう少し拡大解釈が成立する、自分がやるより上手にできる、まで含められる。
そういう観点で世の中を見渡すと、代理という行為は実に多いことに気づく。
政治家は代議士で、利害の調整を代理するのが仕事。
弁護士は代理人で、依頼者の利益のために法律を駆使するのが仕事。
商売の世界では多様な代理店というのが無数にある、修理やメンテナンスが絡むような分野も多いし、旅行代理店なんていうのもあるし、FCビジネスだって似てる部分がある。
今では家事や身の回りのことも代理で行う代行業というのは珍しくなくなった。
プロの運転者や操縦者も代理で代行してると言えなくもない。
自分のために最初から最後まで独力でやること以外は、どこかで代理や代行が介在してるかもしれない。
手伝う、あるいは協力という行為は代理や代行の一種と言えなくもないし、役割分担は代理分担だし。
何かを志す場合の動機として「人の役に立ちたい」というのがあるが、これなんかも「誰かの代理や代行がしたい」と解釈できないわけではない。
人間社会は代理だらけな気がしてくる。
自分のため以外のことはしたことないという人は存在するのだろうか?