個室サウナでの痛ましい事故というか事件というかが連日話題だ。
被害者夫婦は一方的に被害者なのだが、世間はこの出来事から教訓を得なければいけない。
そうすると、被害者や加害者のどちらも反面教師にする必要がある。
被害者夫婦には幼い子供がいるようだ、さぞかし無念だろうし、残された子供のことを思うと心が痛くなる。
被害者夫婦が一方的な被害者なことを承知の上で、教訓のために反面教師とさせて頂く。
被害者の方のご冥福をお祈りするとともに感じるのは、なかなかに今の社会をよく表した事件だと思うんですよね。「ガワだけ綺麗に設えたニセモノで、客を半ば騙すような形で小金掴んで、トラブれば潰してトンズラこけばオッケー」みたいなのがどの業界でも蔓延ってますもんね。 https://t.co/g1NsD44ovn
— Neo_EMA (@NeoEMA2000) 2025年12月17日
サウナに限らないけど 雑居ビルや狭い作りの金を生み出す箱系は 極力近寄らない。経営者が成金で心ここに在らず、のケースが圧倒的に多いから。どこの馬の骨かしらん店に課金すな。
— Penny姉さん (@penny22p2) 2025年12月17日
チープに仕上げたサウナ施設を高級風に演出した今回の事件を見ていて思い出したのが、昭和から平成に移る頃に実施された竹下総理が行ったふるさと創生1億円事業だ。
地方活性化のために1億円を自治体にばらまいた、使い方に特に制限は無かったが、どの自治体も大したアイデアがあるわけではないので多くの自治体が温泉の掘削を行った。
その結果全国に増えたのが泉質が単純泉の温泉。
単純泉の定義は、温泉としての効能が期待できない温泉となる。
地面を掘ったら水が湧いた、それを温泉と称した、それが実態だ。
まあ、普通の水道水のお風呂と大差ないということで身体に悪いことはまったくないのだが。
温泉好きな日本人にとっては新しくきれいな温泉が出来るのだから歓迎されていたことを記憶している。
しかし、当時単純泉の定義を知ったわたしには、みんな騙されてるなあという思いしかなかった。
その後全国各地に増えた新しい温泉施設やスーパー銭湯は同じ流れから生まれてると感じる。
そして、サウナブームもそんな流れの延長線上にあるように思えてしょうがない。
温泉にしたって銭湯にしたってサウナであっても、好きな人が悪いわけではないが、事業を展開する経営者の感覚をチェックするくらいは最低限自分を守るためには必要と、心得る必要があるのだ。
一旦おかしなことが発覚すると次から次におかしなことが出てくるのもお約束だ。
費用対効果が高いと期待されて始まる事業の多くは、必要なコストをケチることが最重要なくせに豪華さや特別感を演出した付加価値的差別化も狙う、そのとばっちりは利用者に降りかかる。
そんなとばっちりを明日は我が身と思うと当事者意識が芽生えるし、当事者意識が芽生えない人は自己責任だと思いがち。
どちらにしても思うことは、『どうしてそこに行ったのか?』だ。
怪しいキーワードは、隠れ家的や個室だと思う。
不動産開発や利回りビジネスの中でも本当は小規模でしょぼい企画をワンランクもツーランクも上に見せるのは巧みなワードの選定によってのみなのだ。
これから別のキーワードにすり替わって行くのだろう。
直感的に魅力を感じることに対しては、セットで疑問を持つことを習慣づけた方が良い。
疑問さえ持てれば、魅力とトレードオフされてるものに気付けるかもしれない。
後悔先に立たずな禅問答は永遠に繰り返される。