違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

なぜそこに行ったのか?

個室サウナでの痛ましい事故というか事件というかが連日話題だ

 

被害者夫婦は一方的に被害者なのだが世間はこの出来事から教訓を得なければいけない。

 

そうすると被害者や加害者のどちらも反面教師にする必要がある

 

被害者夫婦には幼い子供いるようだ、さぞかし無念だろうし残された子供のことを思うと心が痛くなる

 

被害者夫婦が一方的な被害者なことを承知の上で教訓ために反面教師とさせて頂く。

 

 

 

 

 

チープに仕上げたサウナ施設を高級風に演出した今回の事件を見ていて思い出したのが、昭和から平成に移る頃に実施された竹下総理が行ったふるさと創生1億円事業だ

 

地方活性化のために1億円を自治体にばらまいた使い方に特に制限は無かったがどの自治体も大したアイデアがあるわけではないので多くの自治体が温泉の掘削を行った。

 

その結果全国に増えたのが泉質が単純泉の温泉。

 

単純泉の定義は、温泉としての効能が期待できない温泉となる

 

地面を掘ったら水が湧いた、それを温泉と称した、それが実態だ。

 

あ、普通の水道水のお風呂と大差ないということで身体に悪いことはまったくなのだが

 

温泉好きな日本人にとっては新しくきれいな温泉が出来るのだから歓迎されていたことを記憶している

 

しかし当時単純泉の定義を知ったわたしにはみんな騙されてるないう思いしかなかった

 

 

その後全国各地に増えた新しい温泉施設やスーパー銭湯は同じ流れから生まれてると感じる

 

そして、サウナブームもそんな流れの延長線上にあるよう思えてしょうがない。

 

 

温泉にしたって銭湯にしたってサウナであっても好きな人が悪いわけではないが事業を展開する経営者の感覚をチェックするくらいは最低限自分を守るためには必要と、心得る必要があるのだ

 

 

一旦おかしなことが発覚すると次から次にかしなことが出てくるのもお約束だ。

 

 

費用対効果が高いと期待されて始まる事業の多くは、必要なコストをケチることが最重要なくせに豪華さや特別感を演出した付加価値的差別化も狙う、そのとばっちりは利用者に降りかかる。

 

そんなとばっちりを明日は我が身と思うと当事者意識が芽生えるし、当事者意識が芽生えない人は自己責任だと思いがち。

 

どちらにしても思うことは、『どうしてそこに行ったのか?』だ。

 

怪しいキーワードは、隠れ家的や個室だと思う。

 

不動産開発や利回りビジネスの中でも本当は小規模でしょぼい企画をワンランクもツーランクも上に見せるのは巧みなワードの選定によってのみなのだ。

 

これから別のキーワードにすり替わって行くのだろう。

 

直感的に魅力を感じることに対しては、セットで疑問を持つことを習慣づけた方が良い。

 

疑問さえ持てれば、魅力とトレードオフされてるものに気付けるかもしれない。

 

 

後悔先に立たずな禅問答は永遠に繰り返される。