違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

突然起こる大渋滞

昔の体験の記憶を呼び覚ます記事だった。

 

《滋賀から愛知まで154kmの大渋滞》名神高速で起きた“日本史上最悪の渋滞”、想像を絶する「阿鼻叫喚の現場」(平成7年の悲劇)

 

 

私の体験はこの記事とは関係ないが似たもの、たぶん2004年の年明け後10日ほど経過した頃の土曜日。

 

約300kmの距離を下道で走るために夕方4時頃出発した、遅くとも11時、順調だったら10時には自宅に着いてるという計画だった、特段の渋滞の発生などあまり想定されないルートでよく知ってるルートだったから。

 

9時の時点であと50kmほどの地点にいた。

 

順調順調と思いながら小規模な最後の峠道に差し掛かった。

 

雪がちらほら舞い始めた。

 

交通量が少ないのであっという間に道路は白くなった、ただし踏み固められた雪ではないしスピードを出すわけではなかったので恐怖の度合いは小さかった。

 

それでも、ずっと先に見える赤信号の手前に数台の車が見えた時には少しホッとした。

 

前の車の跡を通れば良いと思えたからだ。

 

しかし、この後車がちっとも進まなくなった。

 

先で事故でも起きたのだろうか?、1時間でせいぜい200〜300mしか進まない、事故ならラジオで伝えるかなと思ったがそんな様子もない、とりあえず自宅に電話し大幅に遅れることを伝え、もしニュース等で何か分かったら教えてと伝えた。

 

結局、その後朝になっても車は進まないという状態で、燃費の悪い車だったのでガソリンの残量が気になるようになった。

 

今だったら情報の取りようはたくさんあるだろうが当時のガラケーだけのモバイル環境下では何が起きてるのかが全く不明だった。

 

この後少し進んだ場所で、土地勘があったので裏道に入った、これが功を奏しその後はゆっくりとだが確実に渋滞にハマらず予定の12時間遅れで帰宅できた。

 

帰宅した時点での新聞テレビの情報ではやっぱり何が起きたのかを知ることはできなかった。

 

お風呂に入り、昼のニュースを見てるとやっと何が起きたかが分かった。

 

私が走っていた道路と並行して走っている高速道路上ではかなり雪が強く降ったようで、ちょうど私が峠道に差し掛かった頃に高速道路が閉鎖になり、高速を走っていた車両が全て私が走っていた道に流れ込んでいたのだ、それも大型のトラックやトレーラーが多数。

 

高速を下されたドライバーのほとんどが土地勘を持たないし、当時のナビはただ地図を表示するだけのようなものという時代だから、動きが全く取れなくなったのだ。

 

私が裏道を選択したのはこの場合は大正解だったが、場合によっては更なるドツボにハマることもあり得たのだ。

 

ちなみに昼のニュースでのヘリコプターからの映像を見てると、高速を下された車両によって発生した渋滞はまだ解消には程遠い状態だった。

 

 

当時は情報が入らないことでイライラが増幅したように記憶するが、じゃあ情報が入手できていれば心は穏やかだったかというとそんなわけはない、どちらにしてもイライラは避けられないのだ。

 

でも、こういうイライラは経験した者同士じゃないと共感できないだろう。

 

これからしばらくの雪が降るのが当たり前の季節は想定外を想定するくらいがちょうど良いはず。