今日のお題のヒントは次の記事だった。
2025年の「粉もん」倒産 過去最多の28件 物価高、人手不足が直撃、近畿が7割超える
この記事に対して寄せられてる大学教授のコメントに以下のものがあった。
これまで「粉もん」は、非常に利益を出しやすい商売だと言われてきました。その最大の理由は、原材料となる小麦粉と卵が安く、仕入れ価格も安定していたからです。しかし、最近になってこの状況は大きく変わりました。特に、主要な材料である小麦と卵の値段が急激に上がっており、かつての「安く仕入れて利益を出す」仕組みが崩れています。
このコメントのように粉もんが利益の出しやすい商売として成り立っていた頃は、どの店も味や美味しさや見た目のインパクトなど独自の差別化を競い合っていたはず。
記事の粉もんとは、お好み焼き、焼きそば、たこ焼きだが、ラーメンやうどんやパスタなどの麺類も同様だろうし、定食的ご飯もの全般にだって当てはまっていたはず。
世の中で起きるビジネス的商売的な出来事のほとんどに見られる『鶏が先か卵が先か』のような現象に、需要が先だったのかそれとも供給が先だったのか、がある。
途中から考えても大して意味は無い、気付くとあるのは激化した競争だけで、競争の激化とはどんぐりの背比べのようなものであり、知恵やエネルギーを注ぎ込んでもほぼ差別化なんてできていない。
ちょっと意識高い界隈を例にすると生成AIがある。
GeminiがChatGPTを超えたとかが最近よく話題になる、しかしそこでこんなに差があると示される違いは、まさにどんぐりの背丈の違いのレベルにすぎない。
アナログで原始的なルッキズム界隈では美容整形は花盛りで競争は激化してるが、結果量産されるのは美容整形顔というまさにテンプレートを当てはめた金太郎飴的なもので、すごい差別化を達成したようでいながら、こういう属性の人の生息域は大抵同じなので実は差別化にはなりにくいという皮肉な現実だけが残る。
人がいるところ、人が集まるところでは競争が激化する。
差別化して対抗しようとすればするほど疲弊する、こんな時は逆張りに限る。
『自分のほうが上だ』あるいは『自分の方がマシだ』で一喜一憂するのは立派などんぐりの証。
立派などんぐりという表現が褒め言葉だと思うのがどんぐりだ。