違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

再現性を求めるのはほどほどに

人は生成AIに何を期待してるのか?

 

それは、どんな問いに対してもそれなりの答えを返してくれることにあるはず。

 

当然ながら、生成AIが返してくれた答えに対する納得感が得られることが重要だ。

 

そして、納得感が得られた上でその答えが現実社会でどこまで通用するかが大事になるはず。

 

現在のところ、生成AIは納得感を得るところまでは成功している。

 

この納得感の演出という意味では、生成AIは優秀な人間のレベルに達しているだろう、つまり平均的な一般人のレベルを超えているはず。

 

 

つまり今後は、生成AIが出す回答が何らかの実現や達成に繋がるかが問われるようになる。

 

生成AIが出す回答とは、生成AIによるプレゼンテーションだと言い換えることができそうだ。

 

人間が行うプレゼンテーションであれば、行っているのがどんなに優秀な実績がある人物であっても、疑問を挟む余地は出てくる。

 

プレゼンテーションとは未来に向けてのものだからだ。

 

誰だって心の片隅で、そんなに上手く行くとは限らないと思うはずとともに、肝腎要は夢や希望でしかないからだ。

 

つまり、主張する内容に再現性があるかどうかが問われる。

 

再現させたいものは明確だし、何なら目の前に見えているかもしれない、だけど手が届かない、それが再現性かもしれない。

 

 

自分の影に気付いた子供が、影を追い越そうと一生懸命に走るのに似ているかもしれない。

 

追いつきそうで、何なら追い越せるかもと思うが、絶対に追いつくことはできない、そんな自分の影に似てるのが再現性なのかもしれない。

 

努力や頑張りが無駄で無意味という意味ではなく、到達点や達成は意図すらしてなかったものかもしれないという話だ。

 

しかし、そうだとしても最初の一歩は再現性を求める気持ちがあるから踏み出せるのだ。

 

 

再現性を求めるのはほどほどに!