最近はネガティブな取り上げ方をされることも多いイーロン・マスクだが、イノベーターであることは誰もが認めるはず。
そんなイーロン・マスクは何かに取り組むに当たっては原理原則の理解から入る。
原理原則を理解する前段階にはどんな分野にも既存の常識があるが、その既存の常識をまずは要素ごとに分解する。
要素ごとに分解した中には今現在の科学的あるいは物理的その他技術的な基準からすると、組み合わせのさらなるバリエーション増や改善可能なものが見つかる。
それらを現代の基準で再構築することがイノベーションに繋がる。
スペースXがNASAを超えられたのは、NASAですら既存の常識に縛られ原理原則に立ち返ることができなかったことを示している。
つまり、原理原則に立ち返るというのは簡単なようで簡単ではないのだ。
そういえばと思い出した話がある。
養老孟司先生が、木について語っていた話。
縄文時代の突然の火山の噴火であっという間に埋没した森がのちに発掘され保存されてるのを見ると、残っている木は巨木ばかり。
昔の巨木信仰の名残りだろうかと思ったら、当時の斧などの道具のレベルでは太い木はとても切れないからというのが真相だったらしい。
また、今の日本の森林面積は国土の約70%と言われるが、江戸時代の頃は今より森林が少なかったらしい、何となくの常識だと現代は都市開発等が森林を減らしているので昔はもっと森林が広かったと思いがちだが、実際は逆なのだ。
その理由は、森の木を伐採し薪などの燃料にしていたからだ、もちろん住宅や建築需要も多かった上でだ。
地球温暖化で燃焼という行為や現象が悪者扱いされるようになっているが、少なくとも木を燃やす程度では地球環境を動かす力は無かったのかもしれない、まあ当たり前だが化石燃料の燃焼がそれだけ凄いのだ。
養老先生の木の話は原理原則というにはやや情緒的な要素の介入も感じるが、身近なところにも何となくの常識が原理原則を見えなくしてるなと感じられる。