次の記事に触発されて思った話。
ヘリコプターめぐる預託法違反事件 オーナー商法は、なぜ禁止なのか
この記事は次のように締め括られている。
消費者庁はリーフレットで「買って、預けちゃダメ!『オーナー商法』にご注意ください!」と注意喚起している。
買ったものをどう扱うか、このことを今更ながら考えた。
日本は伝統的にはものづくりの国だったように思うが、いつの頃からか中間搾取の国になったように感じる。
ものづくりが全盛と思われていた昭和でも、要所要所で問屋や問屋的存在の方がメーカーより幅を利かせることは少なくなかった。
それでも問屋および問屋的存在がメーカーから歓迎されていた時代であれば社会的には善な存在だと言えるので、ものづくりの国と言えただろう。
流通するものの大半は新品というのは昔だったら当たり前だったが、一旦流通した新品の中で食べ物のように消費期限のないものはやがて廃棄されるか中古市場に流れるようになった。
廃棄されるものや中古のものと「もったいない」という思いが両立すると、新たな活用を生む。
廃棄や中古の市場における価格や値付けは昔はシンプルだったが、それなりの交渉術が機能する世界ではあった、しかし骨董品を別とすればぼったくりなどのトラブルは少なかったはず。
そんな廃棄あるいは中古市場は、現在では広義に転売市場になった。
転売市場では、売る側も買う側も儲けることや得をすることだけがテーマで、「もったいない」という意識を遥かに凌駕している。
つまり、転売市場は骨董品市場化してるのだ
転売市場における「買う」は「仕入れ」でもある、だから転売の転売が連鎖することも少なくない、つまり価格が必ずしも安いとは限らない。
だったら新品の方が良いと思っても、新品が買い占められてたり、あるいは生産数に限りがあったり納期がうんと先だったりという、転売市場に追い風となる事情も現代では頻繁に発生する。
こんな転売市場を強固にするために「推し」も活用される。
ここでいう推しとは広義に好きを意味するが、そこを起点にしてどうしても欲しいという気持ちが刺激されるようにSNSなどで仕掛けられたりする。
商品の売り買いをしてるようで、実際には商品に付随する物語の売り買いでもあるのだ。
ものづくりのメーカー側でも常に潤沢に商品の供給体制を整えるよりも市場の飢餓感が促進され完売が続く方が得だと感じているかもしれない。
最近の物価の高騰を見てると、人件費や諸経費の値上がりを考慮に入れても高過ぎるように感じるが、生産数を意図的に絞ってるとすれば商品単価が上がるのは納得できる。
ものの価値を見抜くことを目利きというが、売るための目利きと買うための目利きは異なる、ましてや買うことが仕入れであるならば尚更だ。
最近2年ほどのコメの動きを見てると、コメ関係者の目利き力は吉と出たり凶と出たりが目まぐるしい。
目利き力にも賞味期限があるのかもしれない。