違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

情報の非対称性

AIの発達で士業(弁護士、会計士、税理士、など)の未来は暗いと急速に言われるようになった。

 

ざっくりと言うと、何らかの専門資格を持つ人は、依頼者よりも情報を多く持っていたり、情報の正しい解釈において有利だから成り立っているが、AIが賢くかつ使い勝手が良くなると士業の業務をレベル高く代替できるようになるから、というのがその理由だ。

 

つまり、必要とするあるいは必要とされる情報に関して、有利な立場だからビジネスが成立していただけだったということが明らかになりつつあるビジネスが増えている。

 

その情報を知ってるか知らないかという情報に関する非対称性がキーワードとなるのだ。

 

情報の非対称性は知ってるか知らないかだけではなく、正しく知ってるかがより重要なのはもちろんだし、さらに言うと、その情報を元にしてどれだけ応用できるかはもっと重要になる。

 

重要になるとは、差が大きくつくということであり、その情報に関して主従関係が成り立つということでもある。

 

まあ、騙す騙されるに似てなくもない。

 

 

営業という分野は、かつては自社の商品情報を知らない人や企業にそのニーズも含めて啓蒙するビジネスで、クリエイティビティの高いビジネスだった。

 

しかし、そんな啓蒙作業は同業他社の情報を含めて検索するだけでお客の側の方がほぼ同じ情報を持つどころか、営業パーソンが知らない情報まで持つようになったので、営業パーソンが担う実質的な仕事の内容はこの10年くらいで大きく変化したはず。

 

こういうことを考えていたら、プルデンシャル生命の腕利き営業パーソンがいかがわしいことにお客を巻き込んだ事件が、時代の空気を読んだ営業パーソンの最後の悪あがきだったように思えてくる。

 

さて、優秀とか有能という評価は、人間同士であれば分野を問わず、それは情報の非対称性によって起きたことだったと、今では多くの人が気付いている。

 

 

情報が豊富なだけの人が重宝されかつ評価されたのは、今となっては昔話になりつつあるようだ。

 

 

こういう流れに、人間がアナログな手法で太刀打ちしたければ、せいぜい情報の解釈において独自性を発揮するしかない、とでもなるだろうか。

 

 

情報に関しての非対称性は着目するに値するテーマのはず。