老いも若きも老後が心配、そんなことを感じさせる記事だった。
片山財務大臣、広がる“NISA貧乏”に「ショックを受けた」「積み立て自体の目的化は全く意図しておりません。金融経済教育を全員に」
次のような質問から始まった衆議院の財務金融委員会でのことだ。
「20代は投資額をすごく増やしているんですけど、消費は伸び悩んでいるそうです。漠然とした将来不安を抱えて20代、30代以下は75%が『公的年金には期待していない』。以前、『とにかくNISAだ』と。『老後1000万円(必要)』とありましたが、今は2000万円、3000万円とも言われるようになり、将来のライフデザインを描く前にとにかく不安に駆られて『とりあえずNISA』『とりあえずインデックスだ』ということが増えているそうです。積み立て自体が目的になってしまうと。20代は投資も必要ですが、自分への投資、また様々な活動、いろいろなことをする大事な時期です。現状について、(片山)大臣の認識を教えてください」
童話「アリとキリギリス」は、せっせとコツコツと将来に備えるアリに対しキリギリスは青春を謳歌することがすべてというように描かれていた。
実際の生態とはかけ離れた解釈の上に成り立っていたというツッコミはさておき、物語では将来に備えなかったキリギリスは厳しい冬を乗り越えられなかったと描かれていた。
将来に備えることと今を楽しむことが、トレードオフの関係に思える現代人は多いはず、人生100年時代なんて言われるから尚更だ。
現代人は力み過ぎなのだ。
頭も身体もお金も鍛えることがすべてを解決する、そう思い込んでる人だらけの一方で、すべてを諦めることで悩みから解放されたいと感じてる人もいるはず。
睡眠の重要性は分かっていても、生き方が力み過ぎてる人は寝ようとしても寝れなくなる。
力んでる人に対して、「肩に力が入り過ぎてる」とは昔からよく言われていたが、大抵の場合言ってる人も言われてる人もよく意味が分からずに使っていたはず。
言いたいことは、「力むなよ」「リラックスしろ」なのだが、言ってる人も言われてる人も力まずリラックス出来てる状態をよく理解できてないことがほとんど。
世間でお手本のような生き方をしてると評価されてる人の中にも、力み過ぎてる人がたくさんいる、そういう人は周りから思われてるほど幸せではないはず、常に力んでないと不安だからだ。
生きることは戦いでもあるが、現代の戦いは力んでも良いことは少ないのだ、むしろ脱力がキーワードになる。
脱力って、言うは易く行うは難し。
脱力に比べたら力むのなんて簡単だ、力めるのは何も考えてないのとほぼ同じだから、つまり脱力は頭を使うしおそらく人それぞれに最適なやり方が違うはず。
まずは脱力を意識することが必要だが、意識し始めたら無意識のうちに力んでるだろう。
検索したり生成AIに聞いたりするといろんな情報や知恵は得られるだろうが、拠り所は試行錯誤だけ。
だから、意識して繰り返すしかない。
そして、自分なりの脱力らしきものが見えてくると、ストレスが減っていることに気付けるだろう。
脱力は、休息や睡眠とはまったく違い、上昇志向を伴った意識的な行動で、力まないギリギリで力は使っている。
スポーツの世界でも異次元の活躍を見せる人は鍛える上で脱力が重要なことを意識してるはず。