まさにタイトル通り。
いくら自分だと言い張っても、証明する何かを求められる。
最近だとマイナンバーカードだろうが、長らく最も重宝されたのが運転免許証や保険証など、余談だが免許証のことを日常では「めんきょしょ」と発音しがちで音の響きから「証」を「書」と勘違いしてる人は少なくない。
他には学生証や社員証やパスポートなども、証明するという機能を本人に代わって果たしているのだ。
デジタル社会やネット上の仮想空間では、自分を自分だと証明するためにアカウントが用いられる。
IDとパスワードの組み合わせで構成されるのがアカウントだ。
一般的にIDはメールアドレスが使われる、だからIDは比較的忘れにくい、一方で任意に設定するのがパスワード。
初期のアカウント設定では、パスワードは設定者本人が確実に覚える必要があった。
覚える必要があるから、覚えやすい設定になるのは必然だった、忘れた場合はとてもめんどくさいことになるからだ。
しかし、やがて悪意を持つ他人にアカウントを乗っ取られることが起きるようになった、個人情報が漏れると或いはうっかり教えてしまうと、覚えやすく設定されたパスワードは類推し易くなる、そこを突かれることで自分以外の者がアカウントを突破できるようになるのだ。
こういうプロセスを経て、セキュリティという概念が高まり、最近ではパスワードはデバイスが生成する全く意味を持たない数字や記号を含んだ文字列を用いることが推奨されるようになった。
こうなると、パスワードは自分で覚えないものというパラダイムシフトに晒されるのだ。
このパラダイムシフトを受け入れるとセキュリティは高まるが、最大のハードルが、自分のセキュリティを自分が覚えきれない自分が作ったわけでもない文字列に委ねることを生理的に気持ち悪いと感じることだ。
ChatGPTに聞くと、男性女性や年齢や世代に関係なく感じてるらしい。
自分の下に位置してるのがマイデバイスのはずだったが、セキュリティ対策をすればするほど、自分自身がマイデバイスの下に位置するように思えてくる。
アカウント管理が高度化すると、使いこなしてるつもりのマイデバイスの機嫌を取りながら逆に使われてる場合すらあるように感じられる。
日常生活そのものは変化してなくても、実際にはとても大きな変化が起きている、そういう意識は持っていて損はない気がする。
自分を自分だと証明することは、一歩間違うととんでもなくハードルの高い作業に、これからますますなって行くのかもしれない。