長年SF小説から遠ざかっていた。
振り返ると、SF小説を面白いと思いながら読めたのは小学生までだった。
いや、書きながら思い出したが高校や大学の頃に小松左京を読んでいた、あれもSFに該当するはず。
なぜSF小説から遠ざかったのかというとリアリティの希薄さを嫌うようになったから。
しかし、数十年ぶりにSF小説を読んでいる。
きっかけは次の記事。
この記事に寄せられてるコメントの中に、アニメの『ルパン三世』に似たような話があったという指摘があり、さらにそのコメントに対するコメントの中に、今から90年以上前のSF小説にも同じような指摘があったという書き込みもあり具体的に紹介していた。
この小説に惹かれて調べると、最近読んだ人の多くが現代でも十分以上のリアリティが感じられる、いや現代だからこそ一層のリアリティが感じられるとレビューしていた。
オルダス・ハクスリー(著)、黒原敏行(翻訳)の『すばらしい新世界』という1932年のSF小説。
電子書籍化されているから買いやすい。
『すばらしい新世界』に描かれているのは西暦2540年の世界。
ここに描かれている世界観が2026年の現在では大きな違和感を感じない、そこに惹かれるのだ。
この本は90年以上前に書かれたと思いながら読んでいると、わたしがリアリティを感じる表現の多くは、書かれた当時には想像と仮説のみを拠り所していたはずで、その当時にわたしが読んでいればまるでリアリティなど感じなかったはず、そういいうギャップが楽しいということに気付いた。
本来のSF小説の楽しみ方ではないかもしれないが。
2026年に2540年を想像して描かれる世界の世界観は当然ながら『すばらしい新世界』とはまるで違うはずで、それに対して今のわたしがリアリティを感じられるかというと、たぶん『NO』のはず。
SFが描く世界はほぼ例外なく『未来』がテーマ、そしてそこに描かれる世界観は大きく二つで、ユートピア(理想郷)かディストピア(暗黒世界)。
『すばらしい新世界』はディストピア寄りの内容だが、不思議と暗黒をあまり感じない、たぶんいつの時代だってその時代なりの暗黒部分は避けられないし、2026年現在だって暗黒は世界の至る所に存在している、そういうことを知っていると描かれてる暗黒さは許容範囲にすら思える。
自分が知ってる世界は本当に狭いなと改めて感じた。