違う見方

新しい時代の始まり。複数の視点を持つことで、情報過多でややこしい現代をシンプルに捉えるための備忘録的ブログ。考え方は常に変化します。

コスパの成れの果て

2020年代って、実はかなり価値観の変化を余儀なくされていたのだ、2026年になって一層そう思う。

 

まずはコロナ。

 

その後ロシアウクライナ。

 

この辺から需要と供給のアンバランスや価格の変動などが当たり前になった。

 

次に生成AIの普及。

 

そして、最近のアメリカイスラエルの横暴に起因する世界的な混乱など。

 

以上のような流れを受けてだろうが次のような記事が目についた。

 

 

 

友達をコスパで損切り?「フレフレ現象」とは…止まらない物価高で「自分にお金を使いたい」 識者が分析「必需性の低い交際費は節約の対象」

 「フレンドフレーション」とは、「フレンド」と「インフレーション」を組み合わせた海外発の造語で、物価高や生活費の高騰によりコスパの悪い友人関係を精査・損切りすることのような意味で使われている。

 

 

 

人間関係にコスパという尺度を適用すると表現されるとインパクトを感じるが、合わない人とは付き合いたくない、合う人とだけ付き合いたいと考えると何の不思議もない。

 

昔ながらの表現で、『金の切れ目が縁の切れ目』というのがあるが、それと似てなくもない。

 

オタクというワードが登場したのはいつ頃だっただろうか、初期のオタクとは、申し訳ないが気持ち悪い変わり者を意味するものだった。

 

しかし、マイペースで自分の趣味や価値観を貫くために自称オタクと用いることで嫌な人間関係から容易に離れられることが理解されるとオタクは市民権を得ていった。

 

そして、最近では推しというワードがオタクに取って代わったように感じる、オタクに付きまとう陰湿さは、推しに代わったことで健康的な感じすら与えるようになった。

 

上記の記事では『おひとりさま』と重なるような表現もあるので、合わない人間関係にうんざりするくらいなら一人の方がマシだし、むしろ一人の方が良いと考える人が増えてるのだろう。

 

そうすると、取り残されるのは一人は嫌だと感じる人だ。

 

一人の時間を楽しめないというのは、現代では結構ツラいことなのかもしれない。