起きて半畳寝て一畳。
物欲をはじめとした人間の欲を戒める諺。
より遠くに、より速く、そんな気持ちを戒める言葉でもある。
とても真似は出来ないが片岡鶴太郎さんの今のヨガや絵を描くことを中心とした生き方を見てると、起きて半畳寝て一畳が沁みる。
狭いところで満足しろという話ではなく、手足を思い切り伸ばしても必要とする空間の広さだってこれまたたかが知れている。
そんなたかが知れている空間の範囲で喜びや楽しみを味わえる趣味、それも身体を活用してのものを持てるとたぶん気分は良いはず。
実はコロナ禍ではそのような価値観は注目されていた、その頃のわたしはそんな価値観にはまったく目覚めていなかったが。
ヨガ的な動きは、筋トレでいうところの自重トレに当たる、そして身体の柔軟さはより必要になる、さらに動きながらも瞑想効果も期待できるはず。
身体一つでできる事とはいえ、始めようとすると身体の柔軟さの不足であっという間にやる気が萎えてしまう人がほとんどだろう、つまり始めても喜びや楽しさを感じるようになれるには相当な時間が掛かるはず。
しかし、その結果起きて半畳寝て一畳を満喫できることが可能になれば、他人のことなど気にすることなく大きな充実が得られるだろう。
考えようによっては、宇宙より広さを感じさせてくれるのが起きて半畳寝て一畳の空間なのだ。