次のツイートを見て、ずいぶん昔の話を思い出した。
最近ネット広告でよく見る「住所を入れるだけで資産を判定」みたいなサービスから情報が流れている可能性を指摘されていてぞっとした。 https://t.co/96mhDb47wl
— 田中けい #ゲンタを知事にしたい (@TANAKA_Kei) 2026年6月1日
キーワードとしては、すべての原因は自分だった、とでもなるのだろうか。
ネットなど無い頃、知人がご自慢の愛車(改造多数)を専門誌の個人売買欄に売却希望を出しているのを偶然見つけた、共通の知人にそのことを伝えると、「ああ、あの人時々載せるんだよね、売るつもりなんかないけど自分の愛車の市場価値を知りたくて、価格応談にしていくらの値がつくかを楽しんでるんだよ」。
しかしその知人曰く、「雑誌に載せるときに自分の住所や連絡先も載ることで盗むつもりの人間に情報が漏れるんだよね、だから結構ヤバいことやってることになるんだよね」と言っていて、当時としてはかなり新鮮な話に感じた。
結果的に、その愛車が盗まれたり何らかの被害を受けたりはしなかったのだが、自分の軽率な行為や何気ない行為、それらの行為は別に悪いことではないとしても、その行為が原因になって相手の目に留まることがトラブルの元になるということは少なくないのが現代。
煽り運転の被害を受ける場合の原因などにも当てはまるはず、無意識な無自覚な何気ないついついやってる行動(その行動自体は一般的には何の問題も無いとしても)、結果的にその行動のせいで相手に目を付けられるということがあるのだ。
報道などで、被害者が一見善意無過失で非など無いように見える場合でも、相手に目を付けられるような何かをやってるものなのだ、逆恨み的であったり、妬みや嫉妬や瞬間的な怒りだったりを感じさせているのだ。
最近のトク流型の犯罪では、犯罪者と被害者の間には何の関係性もなくても遠慮なくバールで殴られたりなど、明らかに恨まれてるかのような仕打ちを受けることからも、そう感じる。
逆にいうと、どうでも良い人間やサイトやアプリとは如何なるコミュニケーションも発生させないことを徹底することは、自分を守るためには必要なのだ。
どんな人物がどうでも良い人間かは、自分の人生経験に照らし合わせると一目瞭然なはず。